テクノロジーの進化は顧客を変え、企業を変え、産業そのものを再定義する破壊力を持つ。その破壊力は、M&Aの領域においても、その戦略や手法に大きく影響を及ぼし始めている。テクノロジーによって価値を高めた企業のM&Aには、従来のM&Aとは異なる機会とリスクがある。最新テクノロジーを活用した独自ツールを組み合わせ、海外・業種間M&Aを中心にアドバイザリー業務を展開するKPMG FASのポール・フォード氏と渡辺麻紀子氏に話を聞いた。

M&A戦略に変革をもたらす
テクノロジーの進化

編集部(以下青文字):ここ数年、製造業、サービス業を問わず、さまざまな業界でデジタル・ディスラプションが起きていますが、テクノロジーはM&Aをどのように変えたのでしょうか。

デジタル時代のM&A戦略
左│渡辺麻紀子 右│ポール・フォード
KPMG FAS  執行役員 パートナー  PAUL FORD
KPMG FASディールアドバイザリー・データ&アナリティクス責任者兼KPMGジャパン・プライベートエクイティ(PE)業界統括パートナー。1995年にKPMGカナダ入社後、14年間に及ぶ日本勤務を含め世界のKPMG拠点で勤務。200件を超えるM&A案件に従事した実績を持つ。KPMG以前は、カナダのソフトウェアベンチャーの経営のほか、PE業界およびテクノロジー業界での勤務経験がある。M&A関連、PEおよびテクノロジー業界の会合等での講演多数。カナダ公認会計士。ビクトリア大学商学部卒。
KPMG FAS シニアマネージャー
渡辺 麻紀子 
MAKIKO WATANABE
KPMG FASディールアドバイザリー・シニアマネージャー。KPMG FASデータ&アナリティクスの主要メンバーとして、M&A案件におけるテクノロジーツールの活用をリード。2014年入社。M&A案件での財務デューディリジェンスおよびPMI(合併・買収後の統合)を中心に、国内案件、クロスボーダー案件の双方で、事業会社およびプライベートエクイティに対して幅広いサポートの実績を持つ。KPMG FAS以前は、2006年から会計系M&Aアドバイザリー会社にてM&A関連業務に従事。慶應義塾大学商学部卒。

フォード:テクノロジーは、企業が商品・サービスを顧客に提供する方法を大きく変えました。さらには、商品・サービスそのものも変え、顧客の期待をも変化させています。それによってより豊かな消費者体験の提供が可能になりつつあります。M&Aの世界では、テクノロジーの進化が企業価値の源泉に対する見方を変えています。従来、対象会社を検討するうえで重視されてきたのは知財や製品、市場占有度などでしたが、近年では新しいオイルとも称されるほど、データの価値が向上しました。これは個々のM&Aで検討すべき価値に、テクノロジーが変化を起こしていることを示しています。

 従来は、対象会社が持つ各種データはさほど重要視されませんでした。しかし、いまでは対象会社の持つデータには大きな潜在的価値があるとするのが常識です。そのため、ディールチームは常に対象会社にどのようなデータが眠っており、それを自社が活用することで、どのような新しい価値を創出できるのかを問う必要があります。

 また、テクノロジー企業の中には、経常的あるいは指数関数的に収益が伸びる企業が存在します。そのような場合、買い手となる企業のCEOは、ディールチームが対象会社の持つ自社とは異なるバリュードライバーを正確に評価できる経験と能力を備え、そのM&Aを通して自社が支払いすぎることなく、競争力を高めることができるよう注意を払う必要があります。

 もう一つの重要な源泉は人材です。特にエンジニア人材へのニーズが高まっています。それは、近年台頭してきているAIや機械学習などの分野において、人材が圧倒的に不足しているからです。したがって、自社でその領域の人材育成が難しいのであれば、M&Aによって人材を獲得することも検討すべきです。最近では、大企業が人材目的でテクノロジー系のスタートアップ企業を買収するケースが国内外で増えています。

 そこで重要となるのが、獲得するエンジニア人材の質はもちろんのこと、チームとしての特徴やこれまでの実績、特定のソフトウェアの習熟度などを理解することです。また、イノベーションを創出する観点から、チームとしての長所と短所を評価しておくことも大事となります。

テクノロジー企業の
M&Aにおける3つのリスク

 一方で、テクノロジーはM&Aにおいてリスクの源泉も変えつつあります。

フォード:テクノロジー企業のM&Aならではのリスクが3つあります。1つ目はサイバーセキュリティリスクです。買収によって顧客データが増えれば、外部からの攻撃によって情報漏えいを起こすリスクは必然的に高まります。これはすべてのCEOにとって重大なリスクとなりえます。

 ベライゾンがヤフーを買収した際には、過去にヤフーで大規模な顧客情報漏えいがあったことが発覚し、最終的な買収価格が3億5000万ドルも引き下げられました。この事例が示すように、テクノロジー企業を買収する際には、対象会社が顧客やサプライヤーに関して膨大なデータを持っていることをよく理解し、サイバーセキュリティリスクを厳格に評価する必要があります。

 2つ目は人材の流出リスクです。通常のM&Aでは、経営層の人材のリテンションは考えますが、中間層以下についてはあまり考えません。しかし、テクノロジー企業の場合、中間層以下のエンジニアや商品開発チームがイノベーションの源泉となることが多いのです。買収後の統合計画(PMI)を立てる際にも、経営層のみならず、組織のすべての階層のリテンションを考える必要があります。

 最後に、社員とその関連する知財が絡むリスクも相対的に高くなることがあります。

 2017年のアルファベット傘下の自動運転子会社のウェイモによるウーバーを相手取った訴訟では、ウーバーが約2億4500万ドル相当の額を支払うことで和解しています。この時に争点となったのが、ウェイモで自律走行技術を開発していたエンジニアが、退職前に持ち出したとされる技術でした。この事例が示すのは、テクノロジー企業のM&Aでは、その会社の持つ知財の所有権が会社に帰属するのか、それともエンジニアなのか、十分に精査する必要があるということです。