購買の「検討候補入り」から「決め手」へ――。商品ブランドの戦略に関して、商品スペックの差別化ではなく、企業資産を積極的に活用することで、ブランド施策のROI(投下資本利益率)を向上させる新しい潮流が生まれているという。ブランド領域支援に特化した戦略コンサルティング会社、インサイトフォース代表取締役の山口義宏氏が最新の動きとその手法を説き明かす。

一貫性ある体験の提供によって
「ブランド」は確立

山口義宏
インサイトフォース株式会社
代表取締役
ブランド戦略マーケティングコンサルタント。一部上場企業子会社の戦略コンサルティング事業部長などを経て現職。これまで上場企業80社を超えるクライアントに、ブランド・マーケティング戦略策定、CI、商品・デザイン・広告施策の実行支援、グローバル市場戦略策定とPDCA業務プロセス定着支援などのコンサルティングを手掛けてきた。 共著書に『消費行動の「なぜ?」がわかる実践講座ライフスタイルマーケティング』がある。

 さまざまな業界で市場競争が激化し、多くの企業で市場シェアや利益は低下傾向にある。そのため「ブランドを使って、ビジネス競争力を高める」ことがあらためて注目されている。

 では、そもそもブランドとは何だろうか。諸説あるが、「ブランドは、消費者の頭の中で『識別記号』と『提供価値』が結びついたものの総体」と弊社は定義している。

『識別記号』の例としては「赤と白のロゴマーク、ボトルのシルエット、炭酸入りの黒い液体」を見れば、消費者は特定のグローバルな炭酸飲料だと識別する。そして、同時に、刺激的で美味しい、さわやかな気分転換など、その飲料の『提供価値』も想起できるといった具合のものがブランドだ(下図参照)

 ブランド=ロゴ、ブランド=高級品というのは、ブランドにおける『識別記号』の一要素、『提供価値』の一例に過ぎず、ブランド全体を表すものではない。「あのお店に行けば、毎日低価格で買い物できる」というような消費者からするとコストパフォーマンスの想起であっても、ブランドの『提供価値』を立派に確立していると言える

図1 ブランドとはCopyright 2012 Insightforce, Inc. All rights reserved. 無断転載は禁止させていただきます。

 ブランドの確立には、消費者と企業とのすべての接点で、一貫性のある体験を提供することが必要だ。商品やサービスを手に取ったとき、広告キャンペーンに触れたとき、知人の評判を聞いたときなど、いつでも、どこでも受ける印象に一貫性があって、初めてブランドとして認識される。そして、その印象を継続していくことでブランド価値は蓄積し、市場競争力に貢献するようになる。

 多くの企業がさまざまなマーケティング4P施策に投資しているものの、効果的なブランド構築の成功例は少ない。4Pは、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)を指す。その背景には、一つひとつの施策が優れていても、多様な顧客接点で一貫した印象を与えられていないことが多い。

 よくある誤解として「ブランドは大量のマス広告無しには成立しない」というものがあるが、あるグローバルなコーヒーチェーンは、日本では上場時に一度だけIR広告を出したのみで、あとはすべて店舗・店員・商品の一貫性によってブランドを確立しており、マス広告展開は必ずしも必須条件とは言えない。

「商品・サービスは良いのに、競合に負けないプロモーション投資もしているのに、なぜかブランドとして弱い」という悩みの原因の多くは、マーケティング4P施策の一貫性の弱さにある。