1.  1990年、ゲイリー・ハメルとコイムバトーレ K.プラハラードは、「コア・コンピタンス」(組織の中核的能力)というコンセプトを発表し、戦略における組織能力の重要性を再認識させた(注1)。2人はさらに調査を重ね、96年に上梓したのが、日本でもベストセラーとなった『コア・コンピタンス経営』(日本経済新聞出版社)である。
  2.  
  3.  簡単におさらいしておくと、コア・コンピタンスは、ある組織の比較優位の源泉となっている、「バリューチェーン上の特定プロセスにおける技術とスキルの組み合わせ」と定義できる。類似する概念に「ケイパビリティ」(組織の実現能力)があるが、その提唱者であるボストンコンサルティンググループのジョージ・ストーク2世とフィリップ・エバンスによれば、「バリューチェーン上の複数プロセス、あるいはバリューチェーン全体にわたる組織的な実行・実現能力」と定義される(注2)
  4.  
  5.  さて、今回インタビューを試みたゲイリー・ハメルとは、いったい何者なのか。これまで7冊の書籍(共著含む)を発表し、先の『コア・コンピタンス経営』に加え、『リーディング・レボリューション』『経営の未来』(いずれも日本経済新聞出版社)、『経営は何をすべきか』(ダイヤモンド社)の4冊はいずれも25カ国語に翻訳されている。戦略やイノベーションの研究家として世界的な評価を得ているが、一方で実学の徒として、さまざまなグローバル企業とイノベーションプロジェクトを実践してきた。以下に、その一部を紹介しよう。
  6.  
  7.  世界的なエネルギー企業のために、世界初の「社内アイデア市場」を構築
  8.  ●クラウドソーシングをいち早く活用して、ヨーロッパの大手ハイテク企業の戦略転換を支援
  9.  ●世界的に知られるファッションブランドのために、知識やアイデア、価値観を共有し、イノベーションを創発さ  せるオンラインプラットフォームを設計・構築
  10.  ●成熟企業のために、脱コモディティ化と成長を加速させるイノベーションプラットフォームを開発
  11.  ●人事機能を改革するために、全世界1700人以上のシニアマネジャーがオンラインで協働し、アイデアを競い合  うハッカソン(ハックとマラソンを組み合わせた米国IT業界で生まれた造語で、広義のコンテスト)を企画
  12.  ●旧態依然としていた大手韓国企業の経営システムを抜本的に改革
  13.  

 21世紀に入ってから、彼の問題意識は「マネジメントイノベーション」に大きく傾いており、『ウォール・ストリート・ジャーナル』『ハーバード・ビジネス・レビュー』などの紙誌、ダボス会議やTED(テッド)などのセミナーでは、もっぱら「未来の経営」「マネジメント2・0」について持論を披露している。今回のインタビューでは、彼が主宰するマネジメントラボの最新調査を踏まえながら、組織の官僚制を可能な限り縮小し、従業員一人ひとりのポテンシャルを引き出すことの重要性とインパクトについて考える。

  1. 注1)
  2. 1990年に発表された論文はGary Hamel and C. K. Prahalad, “The Core Competence of the Corporation,” Harvard Business Review, May-June 1990. 1996年に上梓された書籍がCompeting for the Future, Harvard Business School Press, 1996.
  3. 注2)
  4. コア・コンピタンスとケイパビリティの相違については、George Stalk, Philip Evans, and Lawrence E. Shulman, “Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy,” Harvard Business Review, March–April 1992.を参照。

労働生産性は
劇的に改善できる

経営にもイノベーションが必要である【前編】
ロンドン・ビジネススクール客員教授
ゲイリー・ハメル
シリコンバレーにある非営利研究機関マネジメントラボの創設者兼ディレクター『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙より「世界で最も影響力のあるビジネス思想家」に選ばれ、『フォーチュン』誌からは「事業戦略に関する世界屈指の専門家」と称される。コイムバトーレ K.プラハラードとの共著『コア・コンピタンス経営』(日本経済新聞社、1995年)は世界的ベストセラーとなる。その後はイノベーションをテーマに『リーディング・ザ・レボリューション』(日本経済新聞社、2001年)、『経営の未来』(日本経済新聞出版社、2008年)、『経営は何をすべきか』(ダイヤモンド社、2013年)などを発表し、いずれも25カ国語に翻訳されている。

編集部(以下青文字):以前より、「人間の秘められた力を解放し、素晴らしい成果を達成する方法を再発明する必要がある」と主張されています。

  1. ハメル(以下略):経済成長には、労働生産性の向上が必須です。ところが、ノースウェスタン大学のロバート・J・ゴードンの調査によると、アメリカの労働生産性(時間当たり生産量)は、1891年から1972年の間、年平均2.36%でしたが、72年以降1.59%に低下しているそうです(注3)。しかも、将来的には1.3%になると予測しています。
  2. 注3)
  3. Robert J. Gordon, “The Demise of US Economic Growth: Restatement, Rebuttal and Reflections,” National Bureau of Economic Research, Working Paper 19895, February 2014, p. 1.
  4.  こうした悲観的なシナリオがある一方、マサチューセッツ工科大学のエリック・ブリニョルフソンなど、人工知能の進化やIoT(モノのインターネット)に期待をかける人たちがいます。しかし、こうした技術革新によって、いくつかの職業が消失し、雇用が縮小するという予測も含め、私は彼らの主張に懐疑的です。いわゆる「機械との競争」については別の機会で議論するとして、労働生産性を上向かせ、たくさんの人たちをハッピーにする、もっと賢い方法があります。
  5.  
  6.  それは、組織内の「官僚制(ビューロクラシー)」を縮小させることです。間接部門のダウンサイジングや削減に留まらず、管理者や監督者、社内手続き、帳票や文書、規則や不文律、職務分掌、会議、ヒエラルキーなどを可能な限り減らす、というアイデアです。国やイデオロギーの違いに関係なく、大半の組織が官僚制によって成り立っています。
  7.  
  8.  しかし現在、官僚制は明らかに過剰なレベルにあり、我々の試算では、たとえばアメリカ経済は年間3兆ドル以上のコストを強いられています(注4)。状況は、おそらくどこの国でも同じでしょう。ですが、ひるがえすと、この「官僚制依存症」から脱することができれば、労働生産性は劇的に改善するはずです。官僚制は、つまるところ権力者にとって都合のよい管理・統制システムであって、実際には、組織や人々の活力や生産性、柔軟性、創造性、イノベーション能力を脅かす「クリプトナイト」(スーパーマンの力を弱らせるクリプト星の鉱物)なのです。
  9. 注4)
  10. Gary Hamel and Michele Zanini, “The $3 Trillion Prize for Busting Bureaucracy (and how to claim it),” The Management Lab, March, 2016.