単なる「優秀な部下」にとどまるか、「参謀」として認められるかーー。これは、ビジネスパーソンのキャリアを大きく分けるポイントです。では、トップが「参謀」として評価する基準は何なのか? それを、世界No.1企業であるブリヂストン元CEOの荒川詔四氏にまとめていただいたのが、『参謀の思考法』(ダイヤモンド社)。ご自身が40代で社長の「参謀役」を務め、アメリカ名門企業「ファイアストン」の買収という一大事業に深く関わったほか、タイ法人、ヨーロッパ法人、そして本社CEOとして参謀を求めた経験を踏まえた、超実践的な「参謀論」です。本連載では、本書から抜粋しながら、「参謀」として認められ、キャリアを切り開くうえで、欠かすことのできない「考え方」「スタンス」をお伝えしてまいります。

一流CEOが、「理論家」をあまり信用しないと言う理由Photo: Adobe Stock

100%理論どおりに
「現実」が動くことなどありえない

「理論家」に優れた参謀はいない――。
 私は、そう思っています。いや、そもそも「理論家」で仕事ができる人を見たことがあまりない、と言ってもいいかもしれません。教科書に書いてある「理論」を鵜呑みにして、それを金科玉条のように現実に適用しようとしてもうまくいくはずがありません。理路整然と理論を語る姿を見ると、一見、賢そうに見えるのですが、私にはむしろ、あまりモノを考えない人にしか見えないのです。

 もちろん、私は理論を軽視する者ではありません。頭脳明晰な研究者が、過去の事象を徹底的に検証して構築した理論は、現実に起きている現象を読み解くうえで貴重なヒントを与えてくれます。打ち手のヒントを与えてくれることもあるでしょう。

 ただし、現実は常に個別性をもっていますから、一般化した理論からはみ出す部分が必ずあります。100%理論どおりに現実が動くなどということはありえないのです。にもかかわらず、ときに理論家は、現実を直視しようとせず、理論にあてはめて現実を理解しようとしてしまう。その結果、間違った打ち手を実施して、現実を悪化させてしまうことがあるのです。

 だから、私は社長として、理論家を参謀として重用することはありませんでした。むしろ、「1+1=2」「2×2=4」というようなクリアカットな提案をする理論家を警戒したものです。若いころから、そのような人物の危うさを間近に観察してきたからです。

一流CEOが、「理論家」をあまり信用しないと言う理由荒川詔四(あらかわ・しょうし)
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元代表取締役社長
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むなど、海外事業に多大な貢献をする。40代で現場の課長職についていたころ、突如、社長直属の秘書課長を拝命。アメリカの国民的企業ファイアストンの買収・経営統合を進める社長の「参謀役」として、その実務を全面的にサポートする。その後、タイ現地法人社長、ヨーロッパ現地法人社長、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップの地位を奪還した翌年、2006年に本社社長に就任。世界約14万人の従業員を率い、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災などの危機をくぐりぬけ、世界ナンバーワン企業としての基盤を築く。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役、日本経済新聞社社外監査役などを歴任。著書に『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)がある。