世界的に有名な企業家や研究者を数多く輩出している米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院。同校の准教授として活躍する経済学者・鎌田雄一郎氏の新刊『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)が7月30日に発売される。本書は、鎌田氏の専門である「ゲーム理論」のエッセンスが、数式などを使わずに、ネズミの親子の物語形式で進むストーリーで理解できる画期的な一冊だ。

 ゲーム理論は、社会で人や組織がどのような意思決定をするかを予測する理論で、ビジネスの戦略決定や政治の分析など多分野で応用される。最先端の研究では高度な数式が利用されるゲーム理論は、得てして「難解だ」というイメージを持たれがちだ。しかしそのエッセンスは、多くのビジネスパーソンにも役に立つものであるはずである。ゲーム理論のエッセンスが初心者にも理解できるような本が作れないだろうか? そんな問いから、『16歳からのはじめてのゲーム理論』が生まれた。

 神取道宏氏(東京大学教授)「若き天才が先端的な研究成果を分かりやすく紹介した全く新しいスタイルの入門書!」松井彰彦氏(東京大学教授)「あの人の気持ちをもっとわかりたい。そんなあなたへの贈りもの。」と絶賛された本書の発刊を記念して、著者が「ダイヤモンド・オンライン」に書き下ろした原稿を掲載する(全7回予定)。

「ゲーム理論」と将棋「相手の行動を読む甲斐」がゲームの面白さを決めているPhoto: Adobe Stock

藤井聡太七段の最善手

 6月末の「棋聖戦」と呼ばれる対局で藤井聡太七段が打った手が、話題を呼んだ。AIに4億手先を読ませても5番手にも挙がらないが6億手先まで読ませると最善手になる手を、藤井七段が打ったというのだ。

 将棋は2人で戦う「ゲーム」であり、ゲームの分析には(その名の通り)ゲーム理論がもってこいである。

 私はゲーム理論家であるが、将棋が下手である。小さい頃から好きではあったが、一向に上手くならない。父も将棋下手で、二人で指していると、しばらく考えた挙句、「あ、ここは何手か前から王手だったね」などということになる。

 大学生の頃地元の地区センターで寛いでいたら小学生に「将棋を指しませんか」と勝負を挑まれ、見事敗戦したこともある。数学者は計算が苦手、という話がよくあるが、そういうようなものだと思っていただければいい、かもしれない。そんな私が、棋士としてではなく、ゲーム理論家として将棋について語るのが、本稿である。

 さて、「ツェルメロの定理」というゲーム理論で証明された定理によれば、将棋やチェスのような、(1)勝ち負け引き分けを決めることが目的で、(2)ゲームの進行は各人の手にのみ依存し(サイコロの目などの偶然に左右されない)、(3)必ず有限手数で終わり、(4)二人が同時に手を出すことがなく、(5)全ての過去手をお互い観察可能である、という5条件を備えたゲームでは、「先手必勝」「後手必勝」「引き分け」のどれになるかが、ルールを与えられれば原理的には計算できる、ということになっている。

 言い方を変えて大雑把に言うと、これら5条件のもとでは、必勝法を計算できる、ということだ。

 「原理的には」と書いたのは、もし途轍もなく大きなコンピュータを使えば必勝法を計算できるのだろうが、そんなコンピュータは(今のところ)ないので、実際には計算できない、ということである。

 もし計算できてしまい、必勝法が世界中に知れ渡ったら、プロ棋士はいなくなるかもしれない。例えば将棋下手の私でも、必勝法を頭に叩き込めば藤井七段に勝てるようになってしまうのだから。