発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。
 働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。
 この連載では、本書から特別に抜粋し「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。連載一覧はこちら

レシピが覚えられないあなたへ。発達障害でもできる「料理の超基本」

料理は「メタ化」するとできるようになる

 基本的に日常の食事は、「具体的な料理」を狙ってつくろうと思うと非常に厄介です。「冷蔵庫の中にあるもので何がつくれるかな?」というところまで到達すると大変ラクになります。僕は買い物のときに食材の繰り回しなんて1ミリも考えません。安いものをバシバシ買い、冷蔵庫にあるもので自炊します。普通の人は「1週間分の献立」とか考えられるのかもしれませんが、どこに出しても恥ずかしくないADHDマンである僕にそんなことは不可能です。

 僕を含め発達障害傾向のある方は、「丸暗記」が苦手な場合が多いのではないかと思います。僕も、レシピは全く覚えられません。覚えるべきものの全体が見渡せて初めて記憶や思考が作動するので、目の前の作業だけを取り出して解説されると、脳みそがストップしてしまうのです。

 料理には、基本原則があります。このように調理すれば、このように味つけすればおいしいというどんなジャンルの料理でも共通する根底的な原則は間違いなく存在します。原則を理解すれば、「だいたいこれくらい」という分量もつかめてきますし(僕は日常的な料理において、大さじや小さじを使うことはほとんどありません)、味見で微調整をすることが可能になります。

「レトルトパスタソースを伸ばす」が味つけの基本

 料理がまずくなる要因は無数にありますが、最も大きい要因は「味つけ」です。上手な味つけさえできれば、他が多少いい加減でも、それなりにおいしい料理には仕上がるものです。この味つけの勘所がわからない。これが多くの人に共有されるお悩みではないでしょうか。

 さて、それでは味つけの基本を覚えるために次の材料を用意してください。

・たらこスパゲティのレトルトソース
・塩
・味の素(昆布茶、塩昆布でも可)
・かつおぶし
・スパゲティ(200~300グラムくらい)

 たらこスパゲティ、おいしいですよね。僕も大好きです。生のたらこでつくっても乙なものですが、市販のレトルトソースも大変においしい。しかし、市販のレトルトソースにはたいていの場合大きな欠陥があります。「パスタは100グラム」というあれです。

 僕にとって、パスタ100グラムなんて量は前菜にしかなりません。お腹いっぱいになるには最低200グラムは必要です。そこでパスタソースを「伸ばす」必要が出てきます(あなたが100グラムでお腹いっぱいになる人だとしても、ちょっとそこは我慢して話を聞いてください)。

 100グラムのパスタに味をつけるために調味された市販のレトルトソースを2倍の量のパスタに絡めれば、当然味が薄くて食べられたものではなくなります。なので、当然に味を足してやる必要が出てきます。

 さぁ、かつおぶし、味の素、塩の3つの材料を加えて200グラムのパスタにぴったりの味まで調えてみましょう。混ぜていくとどこかで薄かった味が「おいしい」状態になるはずです。塩と味の素は入れすぎると食べられなくなるので、かつおぶしから順番に味見しながら少しずつやるのがコツです。

 はい、できましたね。どうです? そりゃあ元のソースの味には劣るかもしれませんが、なかなかにおいしいでしょう。レトルトソース1パックでお腹いっぱいパスタを食べることにあなたは成功したのではないかと思います。

 これであなたは「味つけ」を習得することに成功しました。

 「え?」といわれてしまいそうですが、実はこの世界におけるほとんどの料理の味つけは、この原理の応用に過ぎないのです。

おいしい料理=十分なうまみ+適切な塩

 長々説明してきましたが、「おいしい料理というのは十分な量のうまみに適切な塩味がついているもののこと」。これが結論です(※ちなみに先ほどの例の場合は、カツオのイノシン酸、そして味の素のグルタミン酸という2つのうまみ成分が相乗しておいしくなったわけです。これは和食における基本のだしの構成そのものです。グルタミン酸は昆布のうまみ成分ですね)。

 あなたの料理がおいしくない理由はおおよその場合、うまみが足りないのです。塩が足りないという場合もありますが、これはたいていの人が気づくでしょう。「とにかくかつおぶしと味の素を入れればうまいのか」という極めて乱暴な理解でも、実をいえば問題ありません。

 たとえば、なんだかみそ汁が水っぽくてうまくない、あるいはホウレンソウのおひたしがなんだか味気ない。こういうときにかつおぶしと味の素を足せば、安直においしくなってしまいます。

 あなたの焼く卵焼きがなんだか油っぽくて味気ないと思うなら、とりあえず溶き卵にかつおぶしと味の素を入れてみましょう。「これ、だし巻き卵じゃん」と気づくはずです。もちろん、プロの料理人がつくるしっかりとだしを引いただし巻きと同じとはいきませんが、それでも格段においしくなるのが体感できるはずです。何も入れない卵を焼いてしょうゆをかけていたのとは雲泥の差がそこには生まれてきます。

うまみは入れすぎても大丈夫

 素晴らしいことに、「うまみ」というのは濃すぎる分にはまずくならない特質を持っています。

 たとえばラーメン。あれはうまみ濃度の極限に挑むようなエクストリーム料理ですが、「うまみが強すぎてまずい」と感じたことがある人はただの一人もいないはずです。

 家系ラーメン、おいしいですよね。僕も大好きです。あれ、実はとんでもない量のトンコツを煮込んだうまみ爆弾みたいな料理なんですよ。だからこそ、ラーメンを食べながらさらにご飯を食べてもおいしいのです。おまけに、ご飯で塩気が薄くなった分を補う豆板醤(実はあれ、ものすごくしょっぱいのです。だから常温でも腐りません)やニンニクが置いてあるのですから理に適っていますよね。家系ラーメンでライス、最高です。

 うまみの材料はたくさん揃えておくに越したことはありません。スーパーに行けば実にさまざまなだし材が売っていますので、ぜひ眺めてみてください。お湯に放り込むだけでだし汁が取れるだしパック、あるいはお湯に溶くだけでだし汁のできる顆粒だしも便利です。かつおぶしでだしを取るのもやってみたら結構簡単です。