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 Cスイート(最高○○責任者)の中でも、CFOほど守備範囲が拡大した存在はない。従来の経理財務業務は自動化が進む一方、CEOのパートナーとして事業に積極的に関与し、リスクを管理する。加えて、昨今ではDX(デジタル・トランスフォーメーション)の牽引役まで求められる。そんな悩み多きCFOが切実に必要としているのが、意思決定をサポートする情報だ。
  ERPがその一助となるのは確かだが、第三者の目を通した経営情報という点では、監査法人によるデジタル監査に期待が集まる。事業活動に伴うさまざまなデータを内と外とで共有・活用することで、新たな価値は生まれるのか。テクノロジーの進化が企業と監査法人の関係を再定義する可能性について、2人のリーダーに聞いた。

現場のペインポイントを知る
商社の強みを最大化するDX

編集部(以下青文字):三井物産では、現場の知見に最新のテクノロジーを掛け合わせる現場主体のDXに取り組んでいます。内田さんご自身はその意義をどうとらえていますか。

内田:2017年にCDO(Chief Digital Officer)を設置以来、現場でのリアルなビジネス知見(当社ではオペレーショナルテクノロジーと呼んでいます)と、最新デジタルテクノロジーを掛け合わせたDXの取り組みを進めてきました。単にソリューションに投資するよりも、革新的なテクノロジーの“ワイズユーザー”になることを目指したのです。

データドリブン経営の実現へ。<br />CFOが担うDX時代の価値創出三井物産 代表取締役副社長執行役員/CFO
内田貴和 

TAKAKAZU UCHIDA
1983年、三井物産入社。経理財務業務に従事。2011年より、市場リスク統括部長、総合資金部長、執行役員財務部長などを経て、2017年に常務執行役員財務部長に。2018年4月からはCFOに就任。現在は代表取締役副社長執行役員CFOを務める。経理財務のプロフェッショナルとして、CFO部門のデジタル化を推進。同社が掲げるデータドリブン経営の実現に向けた一翼を担っている。

 生産、販売、ロジスティックス、バックオフィスなどのあらゆる現場に、ここがうまくいかないとか、いつもここで問題が発生するといったオペレーション上の悩みは付き物です。総合商社としてさまざまな産業、現場に接しているからこそ、こうしたペインポイントに気づくことができる。ペインポイントをデジタル技術で解消し、売上向上や効率化、ビジネスモデルの変革や創出につなげることが当社にとってのDXと位置付けました。

 重要なのは、いかに課題を抽出して最適なソリューションと結び付けられるか。つまりテクノロジーのワイズユーザーになれるかです。今年(2020年)4月にはCDOとCIO(Chief Information Officer)を統合したCDIO(Chief Digital Information Officer)を任命してマネジメントでも一元化を行い、取り組みを加速しています。

 これまでにどのような成果が出ていますか。

内田:一例として、三井海洋開発と展開するプロジェクトをご紹介しましょう。洋上で生産した原油を貯蔵し、直接輸送タンカーへ積み出しするFPSO(浮体式海洋・石油ガス生産貯蔵積出設備)は、長期にわたってコミットした量を生産し続けるために故障が許されず、仮にどこか故障しても安全は確保しつつ、生産を続けなければなりません。

 そこでAIを活用した機械故障予測モデルを構築し、トラブルの削減を目指しました。これまでに計9隻で約300種類以上のモデルを実装し、ダウンタイム(事故・トラブルによって運行が停止する時間)を65%削減するなど定量効果を実現しています。今年1月にはそのうちの1隻が、世界経済フォーラムにおいて「第4次産業革命をリードする世界で最も先進的な工場」として、日本企業では初めて認定されました。

 地政学的なリスクや不確実性が高まる中で、データを活用してヒト・モノ・カネを見える化し、いち早く戦術に落とし込む「ダッシュボード経営」があらためて注目されています。商社においても長くて多様なバリューチェーンをいかに管理するかが課題となっています。三井物産が描くダッシュボード経営の未来像と、その核となるCFO部門のDXをどのように進めているのかを聞かせてください。

内田:三井物産の連結決算対象会社は、国内外で500を超えています。このグローバルネットワークを支える連結経営基盤は当社の競争力の源泉の一つで、これをしっかりと整備し、常に向上させることが我々CFO部門のミッションです。特にグローバル規模で複雑さと不確実性が高まる中、内部統制レベルや業務品質、実効性を維持しつつ、さまざまな課題を解決していくにはこれまで以上に強いコーポレート機能が必要で、DXの取り組みをさらに加速させなければなりません。

 その基盤となるのが基幹系システムですが、私自身、2000年に当社として初めてSAPを米国の現地法人へ導入するプロジェクトに携わった時には、ずいぶん苦労した覚えがあります。その後も改善を重ねてきましたが、特にここ4~5年は技術や外部サービスの進化の後押しもあって、経理、財務、リスクマネジメントの分野でのDXは急速に発展しました。現在、CAAT(コンピュータ支援監査技法)による経費不正検知や、与信格付け判断への機械学習の利用、RPAを活用した作業自動化などを行い、CFO部門の大幅な効率化、生産性向上につながっています。

 また海外については、昨年中にSAPの第4世代となるS/4HANAへの移行を完了し、今年7月には国内でもそれを稼働させるので、機械学習や高速データ基盤のさらなる利活用が進むと期待しています。

 コロナショックの影響で3月期決算発表の遅れが相次ぎましたが、三井物産は予定通りに行いました。経理財務業務のデジタル化が貢献したということでしょうか。

内田:社内のITネットワーク基盤の整備に加えて、新社屋への移転を前に、働き方改革、書類の電子化・ペーパーレス化、業務プロセスのワークフロー化などを全社的に進めていた結果、予定通り決算発表を行い、新しい中期経営計画も公表できました。これには、率直に言って私も驚きました。

 新しい連結決算システムを一昨年稼働させていたことも大きかったと思います。以前のシステムは高度な自動化を志向してスクラッチ開発し、その後20年以上にわたって会計基準変更などの改修を重ねたため、複雑で独自性の高いものでした。連結子会社から上がってくる数字の処理に時間がかかり、必要なデータもなかなか見つからない。こうした課題を解決するため、経理部とIT部隊がチームを組んで、2015年から決算システムのリプレイスと業務改革を両輪で進めてきました。

 目標としたのは、決算資料を「つくる」のではなく、データを「使う」体制を整えて経営に貢献することです。システムに加えてそこに至る業務プロセス自体も見直すことで、大幅な生産性向上につなげることができました。ただ、コロナショックの影響を最小限に抑えられたのは、現場がさまざまな工夫や努力をしてくれたおかげです。最適化されたシステムと業務プロセス、そして社員の力のどれが欠けても結果は違っていたはずです。