「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出ないのか?」――。
この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の最新刊『起業大全』(7/30発売、ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に時価総額が高い未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を想像する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンになるためには、経営陣が全ての鍵を握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏が本の中に込めたメッセージだ。本連載では、「起業家」から「事業家」へとレベルアップするために必要な視座や能力、スキルなどについて解説していく。

プロダクト・マーケット・フィット(PMF)<br />を目指す起業家に求められる<br />たった1つの資質とは?Photo: Adobe Stock

世界最大手のフィンテック企業ストライプの
コリソン兄弟がPMFするためにやったこととは?

 「スタートアップの生死を分けるのは、PMF(Product Market Fit:市場で支持される商品やサービスを作ること)を達成できるかできないかだ」と、アメリカの有力ベンチャー・キャピタリストのマーク・アンドリーセンも指摘している。

 どんなに優れた製品やサービスを生み出しても、市場に受け入れられなければ成長はできない。私の感覚では、日本のスタートアップでPMFを達成した企業は10%にも満たないのではないだろうか。

 PMFを目指す起業家に必要な資質は何かを一言で表現すると、「戦略的泥臭さ」だと考えている。つまり、市場を選択し、PMFできるビジネスモデルを選択し、ソリューションを絞り込んで展開するという高い戦略性が求められる。

 一方で、戦略が決まれば、何がなんでもPMFを目指していく「泥臭さ」が求められる。顧客の下に出向いて、何が本当に欲しいものかを徹底的にヒアリングしたり、自らセールスを行うこと。

 またセールスだけではなく、顧客に価値を提供するために、自ら製品やサービスを届けることもある。戦略性と泥臭さを両方持ち合わせた「戦略的泥臭さ」が、PMFに不可欠な起業家の態度でありスタンスだ。

 「戦略的泥臭さ」で成功したシリコンバレーの事例を紹介しよう。

 2019年時点で、時価総額が350億ドルを超えた世界最大手のフィンテック企業であるStripe(ストライプ)をご存じだろうか。インターネットビジネス向けにオンライン決済サービスを提供する彼らは、2009年に立ち上がったときに、ユーザーを営業して獲得することに非常に熱心に動いた。ストライプの創業者であるコリソン兄弟は、その事業ポテンシャルを見出されて、シリコンバレー最強のアクセラレータであるY combinator(Yコンビネータ:YC)に採択された。

 コリソン兄弟は、まさに、「戦略的泥臭さ」を発揮してPMFを達成した。ストライプのようなフィンテックサービスにとって、YC卒業生は、アーリーアダプター(初期採用者)探しに最適なコミュニティだった(YCの卒業生は、起業家であり、彼らは常に最適な決済処理サービスを探していた)。

 共同創業者のパトリック・コリソンとジョン・コリソンは、そうしたYC卒業のユーザー一人ひとりに対して丁寧に仕事を行った。電話をかけて、ストライプを試してみることを了承した人がいたら、リンクを含んだメールを送るのではなく、その顧客の下に自ら出向きストライプのソフトを自分たちでインストールしたのだ。このテクニックは、彼らの名にちなんで「コリソン・インストール」と呼ばれている。

 ●YC卒業生というアーリーアダプターをターゲットにする「戦略性」
 ●自ら現場に出向きソフトをインストールする「泥臭さ」

 ストライプは「戦略的泥臭さ」を体現してPMFを達成した。「自分たちにとっての、コリソン・インストールは何か?」、これが、PMF前のスタートアップにとって、最も重要な問いの一つである。