【お寺の掲示板69】コロナより怖いのは店員が見た「人間」の姿明導寺(熊本)投稿者:azusa0225mike [2020年3月7日]

災害続きの2020(令和2)年

 春先から現在まで続いている新型コロナウイルス禍の下、東京五輪も延期され、何かと「自粛」する機会の多い2020年。7月には雨続きの冷夏だったのが、8月には一転して真夏日続き、マスクをするのも苦しい暑い日々でした。そのような中、今年も、7月1日から「お寺の掲示板大賞」を開催しております。

 2020年最初の一枚は、熊本県球磨郡湯前町(ゆのまえまち)にある明導寺の掲示板から選びました。国指定重要文化財の阿弥陀堂などもある浄土真宗本願寺派のお寺です。人吉(球磨)盆地東端部にあたるこの周辺から下流域では、7月3日未明から4日にかけて1カ月分の降水量が観測され、「令和2年7月豪雨」の被災地となりました。

 この掲示板の言葉は2月にドラッグストアの店員さんがツイッターでつぶやいたもので、当時ネットニュースなどで大変大きな反響を呼びました。

 非常時には、普段隠されている人間の醜い内面が外に強く表れます。この言葉がツイートされた頃は、多くの人々がマスクを求めて殺気立った雰囲気がありました。皆が少しでも他者を思いやる気持ちがあれば、このような言葉が話題になることはなかったと思います。その余裕がなかったのです。余裕をなくした状態。それはある意味、その人間の本性を示したものであるとも言えます。

 おそらくこの掲示板の「人間」という言葉を見て、ほとんどの人が傍若無人な振る舞いをする「他人」の姿を瞬時にイメージしたのではないでしょうか。「自分」のひどい振る舞いには気づかなくても、他人のひどい振る舞いは非常によく見えます。自分も「人間」のはずですが、勝手に自分自身をそこから除外し、多くの人が無意識に「コロナよりも怖いのは他人だった」と心の中ですり替えてしまうのです。

 浄土真宗の信仰が篤い妙好人(みょうこうにん)と呼ばれる人の中に、浅原才市(1850~1932)という方がいました。ある有名な画家が、晩年の浅原才市さんの肖像画を描いた際、才市さんは出来上がった作品を目にして、「こんな立派な肖像画は私ではない」と言い放ったそうです。

 その肖像画は現存していますが、なんと、頭に2本のツノが生えています。なぜこのようになったかというと、「頭に鬼のツノを描いてください。人の心を突き刺し、他人を傷つけてしまう恐ろしいツノです」と才市さんが画家に強く言ったからだそうです。

 付け加えられたツノ付きの肖像画を見て、才市さんは大変満足げだった、と伝わります。おそらく才市さんは、仏教の教えに深く触れる中で、他者を平気で傷つける愚かで醜い姿が自分自身の本当の姿(本性)であるということを強く自覚していたのでしょう。

 親鸞聖人が著した『愚禿鈔(ぐとくしょう)』の中にも「愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり」という言葉が出てきます。これは「愚禿と名乗る私の心の内面は愚かでありながら、外見は賢く振る舞って生きている」という意味です。このことから親鸞聖人も心の中に愚者の自覚が強くあったことが分かります。

 インターネットなどで非常に多くの情報を蓄えることができる現代の私たちは、外見はいかにも賢そうに振る舞っています。しかし、教えを蓄え、深く味わうことによって賢くなるのではなく、心の内面の愚かさに気づくことになるというのが仏教の教えです。

 私たちは誰しも、才市さんと同じように他者を傷つけるツノを心の内に持っています。他人の醜い本性や振る舞いに目を向ける前に、仏教を通して「コロナよりも怖いのは自分だった」と気づくことが大切なのかもしれません。

【お寺の掲示板69】コロナより怖いのは店員が見た「人間」の姿

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