2020年6月10日に、エルピクセル株式会社の元取締役が会社の資金から約33億5000万円を横領(うち5億9500万円は発覚前に返還)していたことが発覚、報道されました。大きな衝撃を持って迎えられたこのニュースを受け、スタートアップの管理体制について考えます。

横領問題に見るスタートアップ管理体制の課題Photo: Adobe Stock

拡大期のスタートアップが見落としがちなベーシックな管理体制

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回は、未上場スタートアップの管理体制について取り上げたいと思います。2020年6月10日に、医療用AI開発ベンチャー企業、エルピクセル株式会社の口座から、経理担当の元取締役が現金29億円を着服し、FXの購入・取引に充てていたという横領事件の報道がありました。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):こういった不正行為を防ぐための方法は、複数の人間によるチェック体制を構築すること、社内規定を作ること、といった非常にベーシックな方法です。しかし、改めて気づかされるのは、こういった管理体制・仕組みを構築すること自体が、会社の成長過程の中で抜け落ちてしまいやすい、ということですね。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):設立されて間もない段階の会社では、「明日も会社を存続させられるかどうか」が最重要課題で、経営陣はキャッシュの残高に強い注意を払います。頻繁に通帳を睨んで、「いつ引き落としがある、いつ次の支払いが来る」といったレベルでキャッシュの流れを注視している。

今回の件は、そんな経営者ハンズオンの管理体制だったところから、会社組織として管理体制が整備されないまま、扱う金額が一気に数十億単位に増えてしまった、そのような状況だったのではないかと推察します。

朝倉:そうですね。黎明期のスタートアップにおいては、率直に言って、1ヵ月遅れで確認する財務三表はほぼ意味をなしません。何よりも大事なのは資金繰り表、もっと言えば、銀行通帳です。私自身、零細スタートアップの経営者を務めていた頃は、頻繁にオンラインバンクの口座残高を睨んでいました。

このように、例えば、数1000万円規模の資金調達で活動しているような、規模の小さなスタートアップであれば、資金繰りに対する感度は非常に高いはずです。会社が順調に成長・拡大して、上場準備に向かうフェーズともなれば、管理体制、特に財務の管理体制は当たり前に整備されていきます。

しかし、ちょうどその中間にある規模・フェーズのスタートアップにおいては、管理体制の構築といった観点が抜け落ちてしまいがちなのかもしれません。ことに事業拡大に集中するスタートアップであればこそ、管理体制の構築、といったトピックには、経営陣もなかなか気乗りしない面もあるのでしょう。