ザッポスという会社をご存じだろうか。日本には進出していないアメリカのオンライン靴店なのだが、数々の伝説級のサービスとユニークなエピソードで全米、そして日本を含む世界中にファンがいるというかなり変わった会社だ。そしてこのザッポス、サービスも変わっているが、もっと変わっているのがそのマネジメント。ザッポスは世界最大規模のホラクラシー組織である。この10年のザッポスの伝説とマネジメントを自ら全公開したのが注目の『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』(トニー・シェイ+ザッポス・ファミリー+マーク・ダゴスティーノ 著/本荘修二 監訳/矢羽野薫 訳)である。本稿では、特別に本書から一部公開する。

笑い合うザッポス社員

好条件のオファーを受けてザッポスを辞めた私

by スコット・ジュリアン マーチャンダイジング担当(私の名前はジェームズ・スコット・ジュリアン。ファーストネームが3つとも言えるし、ラストネームが3つとも言える。)

 ホラクラシーの導入を契機に発動された好条件の退職オプションである「ティール・オファー」を私は受けました。変化が必要だと、自分を納得させました。

 ちょうど同じ頃に別の会社から声がかかって、ザッポスよりかなり高い報酬を提示されました。かなりの金額でした。あまりに完璧なタイミングじゃないか、これほどの条件を断れるはずがない。そう思いました。ザッポスでは長く働いていて、こんなふうに考えたのです ─ 世の中に出て、ほかの場所でも、自分が優秀だと証明しなければならない。私はティール・オファー(と、新しい会社のオファー)を受けて、ザッポスを辞めました。

 自分が間違いを犯したと思った最初の徴候は、シアトルに着いたときに雨が降っていたことです。ラスベガスの乾燥した気候がすっかり気に入っていたけれど、シアトルは正反対でした。

 さらに、ラスベガスには友人がいましたが、シアトルには知り合いがいませんでした。つまり、最初の瞬間から、何かがおかしかったのです。天候と友人関係は、私の幸せの中核となる2つの要素であり、2倍の給料と引き換えにはできませんでした。十分なお金を稼ぐことと、もっとお金が必要だと思うことには、大きな違いがあります。十分に稼いでいると思えることのほうが、はるかに重要なときもあります。

 そして、新しい会社は文化が違うことにも、すぐに気がつきました。あらゆることが、より会社的でした。毎朝9時にミーティングがありました。毎朝です。どうして? 毎朝3分間、全員が1つの部屋に集まる……何をするのだろう?

 何もしません。質問をしたくても、別の機会を待たなければなりません。別のミーティングが開かれるときを。私には意味がわかりませんでした。私だけでなくすべての人にとって、何の意味もなく、何の成果もない、無駄な時間でした。1日の始まりの儀式でした。

 私が入社してから2、3ヵ月の間に、さらに3、4人のエグゼクティブが採用されました。ザッポスはいつも、エグゼクティブの採用にはたっぷり時間をかけていました。私たちは文化の構築を常に重視していたから、時間をかけて、ふさわしい人材を慎重に選ぶのです。しかし、この会社は、適切な経歴の持ち主かどうかさえ考慮していませんでした。

 ザッポスなら、靴を仕入れるポストに採用する人は、靴の仕入れに関連する何らかの経験があるでしょう。しかしこの会社は、おそらく多くの会社と同じように、フカヒレを売っていたエグゼクティブを、「優秀そうなビジネスマン」に見えるというだけで採用していました。