これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための科学的な理論と具体的なトレーニング方法を解説した「画期的な一冊」が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。
先行きが見通せない時代には、思考は本来の力を発揮できなくなる。そこでものを言うのは、思考の前提となる認知、すなわち「知覚(perception)」だ。「どこに眼を向けて、何を感じるのか?」「感じ取った事実をどう解釈するのか?」──あらゆる知的生産の”最上流”には、こうした知覚のプロセスがあり、この”初動”に大きく左右される。「思考力」だけで帳尻を合わせられる時代が終わろうとしているいま、真っ先に磨くべきは、「思考”以前”の力=知覚力」なのだ。
その知覚力を高めるためには、いったい何をすればいいのか? 本稿では、特別に同書から一部を抜粋・編集して紹介する。

知覚力のプロが語る「周りに流されるだけの人」と「自分なりの意見が持てる人」の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

主観的な決断は”いい加減”なのか?
──LEGOのデータ分析

 ビジネスの行く末を大きく左右するのは「知覚」の差です。意思決定者がどんな知覚を持つかによって、巨大なビジネスチャンスにつながることもあれば、それを逃すこともあります。

 そうお伝えするとこんな疑問を持たれる人もいるでしょう?

 「個人の知覚で方針を決めていたのは過去の話でしょ?」
 「いまはデータに基づいた意思決定が常識なのでは?」

 実際、あるリサーチによれば、マネジャー職の81%が「すべての意思決定はデータ中心であるべき」と考えており、データ分析の意義は広く浸透しているようです。

 しかし、ここでも忘れてはならないのは、分析したデータをもとに方向性を決め、実際に行動するためには、やはり解釈が欠かせないということです。データの読み方は何通りもありますし、もっと言えば、それ自体はただの文字や数値、コードでしかありません。

 情報は、知覚を通じた解釈によって初めて活かされます。データそのものよりも、知覚に基づいた「意味づけ」が圧倒的に重要なのです。

 例として、あのブロック玩具を扱うLEGO社を挙げておきましょう。同社は1932年に創立されたデンマークの老舗企業ですが、2003年にはほとんど破産寸前の状態に追いやられていました。しかしその後、一気に起死回生の復活を果たし、世界一の利益をあげる玩具メーカーとなっています。

 これを支えたのが、当時の代表取締役ヨーゲン・カヌード・ストープの知覚でした。彼が、ほかのマネジャーたちとは異なるデータの解釈をしていなければ、この大躍進は叶わなかったでしょう。

 当時のLEGO社には、「LEGOブロックで遊ぶ子どもの85%は男児である」という明白なデータがありました。そこで、同社内のマネジャーたちのほとんどは、「女児は生まれつきブロックで遊びたがらないのだ」と結論づけました。

 一方、ストープの知覚は違いました。彼は「ユーザーの85%が男児なのは、LEGO社がまだ『ブロックで遊ぶ女児顧客を獲得する方法』を見つけ出せていないからだ」と解釈したのです。

 そこから徹底した市場リサーチと過去の製品見直しが行われ、女児向けに開発されたLEGOフレンズシリーズは大成功を収めました。ドン底だった2003年以降、同社の売上高は見事な右肩上がりを描いています。

知覚力のプロが語る「周りに流されるだけの人」と「自分なりの意見が持てる人」の決定的な違い

 しかし、なぜストープはほかのマネジャーたちと異なる知覚を持ち得たのでしょうか? 残念ながら、彼の脳のなかでどのような知識が統合されて、データを解釈したのかについては知る由もありません。ただし、2つの理由を推測することはできます。

 1つは、ストープが、LEGO社とそのデータを純粋な眼で観ることができたから。彼はもともと、オーハン大学で教鞭を執りながら、マッキンゼー・アンド・カンパニーでマネジメントコンサルタントをしていました。2001年にLEGO社に入ると、その3年後にはあっというまにCEOに昇進しています。

 それまで同族経営だった同社では、初めて親族以外から出た経営トップでした。知らぬまに育ってしまう慣例・偏見・しがらみに縛られることなく、時には専門的知識さえもひとまず脇に置いて、ゼロベースで観るということは、知覚を高めるうえでの基本中の基本なのです*。

データ時代に問われるのは、
マネジャーの「人間観」

 もう1つの理由として考えられるのは、ストープ自身がもともと抱いていた「人間に対する確信」が独自の知覚を生み出したという仮説です。

 彼はあるインタビューで「人は誰もが創造に駆られ、何かを創出したい欲求を持っている」と語っています。そして、このような確信を持っていたからこそ、中国、アフガニスタン、南アフリカ共和国などにビジネスを展開する際にも、一貫して同じマーケティング戦略を取り続けたと説明しています**。

 なぜストープがこうした人間観を持ち得たのかはわかりませんが、以前に彼が18ヵ月間ほど幼稚園の先生をしていたという事情も、その一助となったのかもしれません。

 いずれにしろ、人間に対する本質的な洞察があったおかげで、彼は「顧客の85%は男児」→「女児は生まれながらにブロックで遊ばない」というジェンダーバイアスに基づいた解釈に陥らずに済んだのではないでしょうか***。

 このような事情を踏まえると、ビッグデータ時代のマネジャーには、これまで以上に深い人間理解が求められると言えるでしょう。というのも、マネジャー当人が「人間をどのような存在として理解しているか」によって、部下のマネジメントだけではなく、チームの意思決定そのものが大きく変わってくるからです。

 ストープの例でも明らかなとおり、データを含めたなんらかの事象を前にしたとき、その解釈に大きな影響を与えるのは、マネジャーの内にある人間理解(意識的にせよ、無意識的にせよ)なのです。

 社会的責任が重くなればなるほど、仕事でも日常生活でも意思決定を迫られる機会は増えてきます。ふだん何気なく下している判断にも、みなさん自身の知覚が色濃く関わっており、その先に広がる未来の景色を次々と変えているのです。

 何かを決めるとき、自分はどんな知覚をもとにして、その決断を下しているのか──。それを内省的に振り返ることが、知覚力を磨くための最初のステップとなり得るでしょう。

* Martin, Roger and Golsby-Smith, Tony, “Management Is Much More Than Science,” Harvard Business Review, Vol. 95, Issue 5 (September-October 2017): 128-135.
** Boston Consulting Group, “At LEGO, Growth and Culture Are Not Kid Stuff: An Interview with Jørgen Vig Knudstorp,” February 9, 2017.
*** Robertson, David, Brick by Brick: How LEGO Renovate the Rules of Innovation and Conquered the Global Toy Industry, New York: Crown Business, 2013.

(本原稿は、『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』の内容を抜粋・編集したものです)