「高機能・低価格」という4000億円の空白市場を開拓し、10期連続最高益。ついに国内店舗数ではユニクロを抜いたワークマン。12/28「日経MJ」では「2020ヒット商品番付(ファッション編)」で「横綱」にランクインした。急成長の仕掛け人・ワークマンの土屋哲雄専務の経営理論とノウハウがすべて詰め込まれた白熱の処女作『ワークマン式「しない経営」――4000億円の空白市場を切り拓いた秘密』が発売たちまち3刷。各メディアで話題沸騰の書となっている。
このたび土屋氏とベストセラー『戦略「脳」を鍛える』の著者でボストン コンサルティング グループ(BCG)シニア・アドバイザーの御立尚資氏が初対談(全10回)。
一体どんな話が繰り広げられたのだろうか。(構成・橋本淳司)

ガンジーもジョブズも大逆転!<br />人生100年時代に考える<br />60代で「真」のリーダーになる方法Photo: Adobe Stock

「ダボハゼ経営」から
「しない経営」に変わった理由

ガンジーもジョブズも大逆転!<br />人生100年時代に考える<br />60代で「真」のリーダーになる方法御立尚資(みたち・たかし)
ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー
京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学より経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空株式会社を経て、1993年BCG入社。2005年から2015年まで日本代表、2006年から2013年までBCGグローバル経営会議メンバーを務める。BCGでの現職の他、楽天株式会社、DMG森精機株式会社、東京海上ホールディングス株式会社、ユニ・チャーム株式会社などでの社外取締役、ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン専務理事、大原美術館理事、京都大学経営管理大学院にて特別教授なども務めている。経済同友会副代表幹事(2013-2016)。著書に、『戦略「脳」を鍛える~BCG流戦略発想の技術』(東洋経済新報社)、『経営思考の「補助線」』『変化の時代、変わる力』(以上、日本経済新聞出版社)、『ビジネスゲームセオリー:経営戦略をゲーム理論で考える』(共著、日本評論社)、『ジオエコノミクスの世紀 Gゼロ後の日本が生き残る道』(共著、日本経済新聞出版社)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。
ガンジーもジョブズも大逆転!<br />人生100年時代に考える<br />60代で「真」のリーダーになる方法土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を『ワークマン式「しない経営」』で初めて公開。本書が初の著書。「だから、この本。」でも5回のインタビューが掲載された。

御立尚資(以下、御立):土屋さんがワークマンにCIO(Chief Information Officer=最高情報責任者)として入社されたのは、還暦直前だったとお聞きしています。

土屋哲雄(以下、土屋):それまで三井物産でベンチャービジネスを立ち上げたり、100人規模のコンサルティング事業を立ち上げたりしていましたが、ワークマンに来てマネジメント手法は大きく変わりました。

御立:どう変わったのですか。

土屋:簡単に言えばトップダウン型からボトムアップ型に変わったと思います。

御立:心境の変化があったのですか。

土屋:2つのきっかけがありました。1つは物産を卒業するとき、自分の34年を振り返ってみたのです。
私は前ばかり見ていて振り返るのが大嫌い。報告書も書かないような人間でしたが、初めて振り返ってみたのです。
自分はどんな仕事を残しただろうと考えてみると、悲しいことに何も残っていなかった。その原因の1つはマネジメント手法ではないかと思いました。
ベンチャービジネスの立ち上げをスピーディに行うには一人でやったほうが効率よかったし、コンサルタント時代も自分が先頭に立ってツールづくりから営業までやっていました。自分の能力に依存しトップダウンだったことが、そこそこの仕事しかできない理由かもしれないと思いました。

御立:マネジメントスタイルについての振り返りがあったわけですね。

土屋:もう1つ、ワークマンに入ってからの「何もしない2年間」で自分の「ダボハゼ経営」を考え直しました。

御立:著書『ワークマン式「しない経営」』を拝読しましたが、2012年にワークマンに入社され、土屋嘉男会長(当時)に会うと開口一番、「この会社では何もするな」と言われたのですよね。

土屋:その言葉のとおり、ワークマンをじっくり学ぶことにしました。
三井物産時代はジャングルファイターで、売れそうなものはなんでもやる、ブームがくればすぐに手を出すという「ダボハゼ経営」をやっていたわけです。
それが「しない経営」に出会って、削ぎ落とされた洗練さに感銘しました。それで無駄なことはやるまい、目標は1つにしようと思いました。