火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求の営みを伝えると同時に、人間の夢や欲望を形にしてきた「化学」の実学として面白さを、著者の親切な文章と、図解、イラストも用いながら、やわらかく読者に届ける、白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』が発刊された。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

都市ガスにわざと「におい」がついているワケ。本来は無臭ですPhoto: Adobe Stock

都市ガスの中身

 現在の燃料の主役は石油と天然ガスである。家庭で使う燃料ガスはパイプで送るガス(都市ガス:天然ガス)と、ボンベで配達するガス(液化石油ガス〔LPガス〕)がある。ボンベはドイツ語のボンベ(爆弾)に由来する。容器の形からこう呼ばれるようになったのだ。

 家庭の台所でガスが使われるまでは炊事は薪で行われていた。普及が格段に伸びたのは、第二次世界大戦後、それも一九五五年頃からだ。

 いま使われている都市ガスの中身は天然ガス(成分はメタン)だ。以前は、一部のガス会社が石炭ガスやナフサガスを使っており一酸化炭素がふくまれる場合もあったが、現在はない。ガスには、においのする物質が微量のみ加えられている。これは、ガスを直接吸ってしまうことによる「ガス中毒」を防ぐためではなく、ガス漏れで爆発事故が起こることを防ぐためである。

 天然ガスの成分はほぼメタンCH4、液化石油ガスの成分は八〇パーセント以上がプロパンC3H8で、次いでブタンC4H10だ。ともに炭素と水素の化合物である炭化水素の仲間だ。

 プロパンは常温付近でも八気圧にすると液化できる。ガスは液化すると体積が二五〇分の一と大変小さくなるので運搬は楽だ。家庭用の標準的なガスボンベ(二〇キログラム詰め)には約四〇リットルの液体状のガスが納まっている。これが全部気化すると一〇立方メートルのガスになる。これは平均的な家庭の一ヵ月分の使用量だ。

 原油(精製していない石油)は、蒸留して沸点の似た成分を次々に分離する「分留」という操作で分けられる。もっとも低温で分離されるのがプロパンやブタン。圧縮して液化石油ガス(LPガス)になる。続いてガソリン・ナフサ留分、灯油留分、軽油留分などに分離される。ガソリンや灯油はおもに炭素数の大きい炭化水素からできている。炭素数はガソリンで四~一〇、灯油で一〇~一五の炭化水素の混合物だ。炭素数が大きいほど、分子が大きくなり、分子どうしの引き合う力が強くなって揮発しにくくなる。