日米欧の先進国に中国、インド、ブラジルなど有力新興国を加えた主要20ヵ国・地域による金融サミット(G20)が開催された。今回は、G20における麻生首相の行動を評価してみたい。私はG20には「首脳外交の場」と「金融危機克服のための場」の2つの側面があると考える。そして、その2つの場における麻生首相の行動を、振り返ってみたい。

援助表明で交渉力を失った
「首脳外交」での失敗

 G20は国際通貨体制における主導権争いの場だった。仏露は多極的な基軸通貨体制を目指し、英国は世界共通通貨を作る構想を示唆して対抗した。英国も仏露も新興国首脳に根回しをして主張を通そうとし、新興国側も影響力拡大を狙って動いた。

 一方、麻生首相は、「ドルの覇権体制の永続」を主張したが、支持は得られなかったようだ。また、国際金融システム改革においても、仏露がヘッジファンドなどの規制を主張し、米英と対立した時に、麻生首相が両者の間の調整役を果たすことはできなかったようだ。それは、海外メディアが、「首脳外交の場」での日本の存在を完全無視していたことでわかる。

 麻生首相がG20の「首脳外交の場」で存在感がなかったのは、この連載の第2回で書いたように、「資金援助」が強い外交カードとなるのは、それを与える直前までで、そのカードは援助を与えた瞬間に消滅するものだからだ。つまり、G20で麻生首相が国際通貨基金(IMF)向けの最大10兆円に上る資金支援方針などを表明した時点で、日本は首脳外交での交渉力は失っていたのだ。

 それは、中国やサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など石油輸出国が、IMFへの資金拠出要請に応えず、駆け引きをしながらIMFにおける発言権を強化しているのと対照的だ。

 つまり、もし麻生首相が首脳会議で交渉力を持ちたかったら、資金援助を早々に表明せず、「日本は資金援助の用意はあるが、日本国民の税金を無駄遣いはできん。資金援助は、あんたら(諸外国)がこの危機をどう考えるか次第だ」とでも言い放てばよかったのだ。そうすれば、仏露も米英も新興国も日本を無視できなくなっていただろう。