新刊『感情マネジメント 自分とチームの「気持ち」を知り最高の成果を生みだす』では9割のチームがつまづく「感情」をうまく扱う方法を紹介しています。過去2回の連載では、本書にも盛り込んだ失敗ケースを紹介しました(詳細は「部下の悩みにかぶせて過去の自慢話!そんなリーダーは通用しない」「感情を無視した「良かれと思って」がプロジェクトを崩壊させる」)。今回登場するのは、実力のあるリーダーにありがちなタイプ。メンバーはみんな、自分と同じ高いモチベーションで働いていると信じ込み、メンバーそれぞれの「感情」を無視したためにメンバーが疲弊してしまいました。

意識高めリーダーの「みんな自分と同じレベル病」にチームは疲弊するPhoto: AdobeStock

「みんな自分と同じレベル」症

 Aさんが勤務するのは、優秀で意欲的な人材が集まるネット企業。常に数多くの新規プロジェクトが同時進行しているようなスピード感あふれる職場です。

 そんな環境でAさんは、同期よりも早くリーダーに昇格。大型のプロジェクトを任されています。

 変化の速い業界で、常にトレンドにアンテナを張っているAさん。平日の夜も勉強会に参加するなどして情報のキャッチアップを怠りません。

 休日も仕事のことを考えます。平日は一日中ミーティングで慌ただしいことが多いのですが、週末は集中して戦略を練っています。

 ある土曜日、Aさんはいつにも増して熱心に仕事をしていました。2週間後の役員会議で重要なプレゼンが控えているからです。ここで承認を得れば、プロジェクトは大きく前進します。Aさんの頭はプレゼン資料のブラッシュアップでいっぱいになっていました。

「昨夜のWebセミナーで紹介されていた調査データは使えるな。プレゼン資料に入れればかなり説得力が増すはず。あのパートを担当するBさんに出典URLを送ってあげよう」

 Aさんは早速、Bさんにダイレクトメッセージを送ります。

「昨夜のWebセミナーで収穫! プレゼンに使える資料を送ります」

 わずか10分後、Bさんから返信が届きました。

「ありがとうございます! プレゼン資料に加えておきます!」

 Aさんは思わずにんまりします。「うちのメンバーは本当に頼もしい」「情報を早めに伝えたから、Bさんは週明けすぐに作業にとりかかれるだろう」。そう満足して、Aさんは再び仕事にとりかかりました。その頃、Bさんは深くため息をついてつぶやきました。

「カンベンしてくれよ。こんなところまで……」

 Bさんがいたのは海辺のキャンプ場。この数ヵ月、通常業務とは別に新規プロジェクトも進行し、体も心も休まらない状態が続いていました。自分のチームにとってこのプロジェクトがどれだけ重要か、リーダーがどれだけ気合を入れているかは十分にわかっています。強いプレッシャーも感じていました。

 チームの士気を下げないよう、リーダーや他のメンバーの前では常に元気に振る舞っていたBさんですが、精神的な疲れが増しているのを感じていました。

「自分は限界に近づいている」

 そう思ったBさんは、「この週末は完全に休む」と決意していたのです。海辺で寝転び、波音を聞いていると、たまっていた疲れが少しずつ洗い流されていくようでした。

 そんなとき、スマホの着信音が鳴ったのです。確認すると、Aさんからの業務連絡。Bさんはつい、いつもの習慣ですぐに返信しました。

 通知オフにしておけば良かったと思っても手遅れです。一瞬で現実に引き戻されたBさんは、週明けの業務が気になって、ゆっくりとくつろぐことができなくなりました。

 それから2週間後、プロジェクトは役員会議で無事承認。その直後、BさんはAさんに退職届を出しました。Aさんにとっては寝耳に水でした。「あんなに意欲的に取り組んでいたのに、どうして!?」と詰め寄ると、Bさんは一言、こうつぶやきます。

「ついていけません。僕はAさんのようにはできないんです……」

 Aさんは無意識のうちに、メンバーも自分と同じような熱意で働いていると考えていました。Aさん自身、優秀な上司に憧れて同じように休みなく成果を追う働き方が新人時代から染みついていました。リーダーに昇格したとき、その上司からは「僕の教え子なんだから、ナンバーワンになって当然」といった激励も受けていました。「尊敬する上司に恥をかかせてはいけない」というプレッシャーと、「上司に認められたい」「自分を大きく見せたい」という欲が入り混じっていたのでしょう。

 優秀で意欲的なメンバーが多いと、リーダーはつい「みんな、自分と同じモチベーションで働いている」と思い込んでしまいがちです。実際、メンバー全員が同じ熱量を持っているケースもあるでしょう。しかし、人の気持ちは365日24時間同じではありません。その時々でコンディションは変わっていきます。

 リーダーがメンバーの「感情」の変化に無頓着でいると、思いがけずボタンの掛け違いが起こり、チームの破綻につながってしまうこともあります。

 上司の評価ばかり気にした結果、Aさんはメンバーへの配慮が行き届かなくなっていました。そして無意識のうちに尊敬する上司と自分の関係を、自分とメンバーの関係にも求めていたのです。

 Aさん本人が自分の「感情」に気づかなかったことが、最初のつまずきとなりました。

 ではAさんはどうすれば良かったのでしょうか。