東芝事変#3Photo:AFP/AFLO

東芝の車谷暢昭社長が辞任に追い込まれた。自らの古巣の投資ファンドに東芝を買収させることで社長続投を画策した疑いを持たれたのがとどめの一撃になったが、退任の本質的な要因は、幹部社員から不信任を突き付けられていたことだ。特集『東芝事変』の#3では、車谷氏が社内で支持を失い、“裸の王様”になる過程を全解剖する。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)

円満期から離別期まで
車谷氏と幹部社員が決裂した過程を全解説

 銀行出身の車谷暢昭氏が、不正会計後に経営危機に陥った東芝の再建を託され、同社の会長兼CEO(最高経営責任者)に抜擢されたのは2018年のことだ。

 三井住友銀行の頭取レースに敗れはしたものの、旧三井銀行の「プリンス」として王道を歩んだ車谷氏はプライドが高く、何事にも自信満々の態度で臨んでいた。その半面、銀行内ではやっかみもあるのか、「スタンドプレーが過ぎる」とか「おしゃべり」といった悪評が付いて回ってもいた。

 それでも、東芝の会長就任当時、車谷氏は「社員との融和」を最重要事項に置いているようだった。

 その象徴が、車谷氏が策定した再建計画「ネクストプラン」だ。車谷氏はプラン発表当時、「無理な経営目標にならないよう、各事業部門長と何度もすり合わせをし、納得してもらった再建計画だ」と胸を張っていた。

 そこまで車谷氏が事業部門とのコミュニケーションに心を砕いていたのは、自身が「外様」だからという理由ばかりではない。実はその背景には、15年に発覚した東芝の不正会計で、上層部が決めた無理な経営目標を事業部門が断れず、「チャレンジ」と称して利益の水増しを行っていたことへの反省があった。

 また、車谷氏は社員を奮い立たせようと必死だった。18年12月のダイヤモンド編集部のインタビューでは、不正会計に端を発する経営危機の元凶は経営者であり、社員に責任はないと言い切った。

 具体的には同インタビューで、「従業員のクオリティーに問題はありません。(中略)強いメッセージを出す経営者がいたが、末端まで伝わらなかった。(中略)経営者の問題だったと思います」と社員をかばっていた。

 ネクストプランの策定当時、東芝のある事業部長は「不正会計後は沈滞ムードだったが、車谷氏が来て社内が明るくなった。トップが即断即決するので、意思決定も早まった」と車谷氏を歓迎していた。

 CEO就任直後は、車谷氏と東芝社員は「円満」な関係を築いていたのだ。それから3年。当時の車谷氏の発言を、違和感を持って受け止める東芝社員は多いだろう。

 なぜなら車谷自身が、反面教師としていた過去の経営者と同じように、「末端まで伝わらない強いメッセージ」を発信し、社員に不信感を抱かせる「裸の王様」になってしまっていたからだ。