『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、17万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回は特別編として、前回記事で登場した書評ブロガーDain氏と読書猿氏の「独学対談」が実現。英語学習に一家言ある両氏に、「大人が英語を“学び直す”ためのメソッド」を語ってもらった。(取材・構成/谷古宇浩司、編集/藤田美菜子)

10年ぶりの独学でも英語がすらすら読めるようになる「スゴ本」厳選5冊Photo: Adobe Stock

まずは「2万語」を目指す

Dain 僕が今、体系的に身につけたい知識は「認知科学」なんです。先日、(進化生物学を主なテーマとして扱う)shorebirdさんのブログで、ハーバード大学の心理学教授スティーブン・ピンカーが講義を無料で公開しているのを知って、喜んで見に行ったんですよ。

ところが、当たり前ですけど、ピンカー教授は英語でしゃべっていて、質問も英語だし、Power Pointの資料もすべて英語。言っていることはなんとなくわかるのですが、とにかくもどかしいんです。そのまま理解できないから。こんな宝の山がタダでネットに転がっているというのに、それに手が届かない。“すっぱいブドウ”じゃないですが、頑張って手を伸ばして、やっとお宝の端っこにしか触れられない感じの悔しさときたら……。

せっかく大学受験まで英語を一生懸命やったのに、それを錆びつかせてしまったのが、僕の後悔。それで以前、どうにかしたいなと思って読書猿さんに相談したら、「とにかく単語をやれ」とおっしゃってましたよね。

読書猿 辞書を引くのって、大したことがないように見えて、割としんどいんですよね。ひとつの文章を読むのに何回も辞書を引いていたら、それだけで挫折してしまう。せいぜい、1ページに5回ぐらいが限度ではないでしょうか。

そこそこ難しい文章を読むと、実は、もっと簡単な単語で書けるのに、わざわざ難しい言葉を使っていることに気づくと思います。日本語の文章でも、何でもかんでも「思う」「思う」「思う」とは書かないですよね。「思う」「思考する」「考える」というふうに書き分ける。

英語も同じで、本当はもっと簡単な言葉に置き換えられるところはたくさんあるのですが、そこで止まってしまうと時間をロスするし、やる気が削がれてしまう。そういう事態を避けるためには、やはり語彙力がポイントになってきます。感覚的には、2万語くらいが目安ですね。

Dain 2万語って、直観的にわからないのですが、なにか目安はありますか? 例えば、僕らが受験レベルで身につけていたのは、何語くらいなんでしょう?

読書猿 昔、『山口受験英単語講義の実況中継』(山口 俊治著、語学春秋社)という本があって、その中に、中学英語に出てくるのが1000語で、高校英語で増えるのがプラス1900語、つまり高校英語までで触れるのは語彙数は3000語ぐらいだ、という話が出てきます。さすがに大学受験はこれだけでは厳しいので、この本をやったら6000~8000語くらいになって楽勝だ、というんですが(笑)。なので、おそらく受験英語をすごくやった人で8000語くらいではないですか。1万語はいかない。高校英語までで文法事項はかなりもれなくやれてて、すごいんですが、語彙の方はかなり少ない。

この英語参考書がすごい!

Dain 僕みたいに英語にご無沙汰だった人が、改めて語彙力をビルドアップするには、どんな方法がおすすめですか?

読書猿 まずは、『高校入試 短文で覚える英単語1900』(組田幸一郎著、文英堂)に載っている単語を、ひととおりマスターするといいのではないでしょうか。

高校入試向けの参考書なので、英語のレベルは日本の中学生が読める程度です。本来、中学校の学習指導要領では、コアになる英単語は100語くらい。そこに、各教科書会社がそれぞれ工夫して盛り込んでいる「よく使われる単語」をプラスすると、1900語くらいになる計算です。英語をやり直そうと考える大人なら、このレベルから始めればいいと思います。

この本では、例文も文法が易しい順に載っています。最初は単純な文書ばかりなのが、単語のレベルが上がっていくと同時に、文法のレベルも上がっていく。そういう意味でも「学び直し」に適していますね。

文法については、『英文法基礎10題ドリル』(田中健一著、駿台文庫)もおすすめです。

この本は、「なるべく間違いをさせずに、子どもたちに英語を学んでほしい」という気持ちに溢れた本なんです。これはきっと、著者の田中健一さんが多くの子どもたちと接して得た実感なのでしょう。みんな本当に、間違えることを嫌がりますからね。間違いが重なるほどに、やる気がなくなってしまう。

そこで、Aという文章を読ませて、これがちゃんと読めれば、その後のBという文章が読める──というふうに、間違いそうなポイントを最低限に抑えながら、本当に細かくステップアップできるようにアレンジしてあるのが、この本の特徴です。最終的に、文法についてはパッと反応できるようになるという、優れた設計の1冊ですね。

『ジャパンタイムズ』の社説を精読する

Dain その2冊をマスターして、英語の勘を取り戻しかけたら、先ほどの「2万語」を目指せばいい、と。

読書猿 それは人によるかもしれません。辞書を引くのが全く苦にならない人なら、そのまま英語で書かれた本にあたって、辞書を引き続ければいいと思います。あるいは、辞書を引かず、わからない言葉は推測しながら、原文のままどんどん読んでいくという手もあるでしょう。

私が尊敬する、ドイツ語学者の関口存男さんという方がいるのですが、この人がどうやってドイツ語を学んだかというと、ドストエフスキーのドイツ語訳を買ってきて読んだそうです。それで、「読めた。ドイツ語マスターした」と(笑)。

つまり、「わからなくてもとりあえずページをめくるんだ」みたいなこと。それを何百ページもやることで、身につく語彙力もあるわけです。

Dain 読書猿さんは、2万語を覚えたんですよね?

読書猿 はい。大学院の入試科目に英語があったので、その対策として、院の先生に『ジャパンタイムズ』の社説を毎日読めと言われたんですよ。それで、1ヵ月ぐらい読みつづけて、それなりに読めるようになったときの語彙数が、およそ2万語でした。

『ジャパンタイムズ』の社説を切り取ると、ギリギリA4サイズに貼れる大きさになります。そこで、A4ノートの見開きの左ページに社説を貼り、右側のページに、読んでわからないところを抜き書きしていきました。A4ノートの罫線が細いものだと、ちょうど1ページが40行。そこに、わからない単語を文章まるごと40行分だけ抜き出して、調べるという作業を毎日やっていましたね。

Dain 毎日ですか!? それはすごい。

読書猿 まぁ、たかが1ヵ月ですけどね。でも、それだけで、院試の英語の成績はトップでした。それまでは、ほとんど英語を読めなかったのに。

英文を「前から読む」頭を身につける

読書猿 ただ、語彙ばかり勉強していたわけではなくて、英文解釈の本は読んでいました。伊藤和夫の『英文解釈教室』(研究社)は、5周ぐらいやりましたね。英文解釈の本は、やはりどこかで読んでおくとよい気がします。

伊藤さんの英文解釈が画期的なのは、英文を「前から」順番に読んでいって、分析できる頭の使い方を身につけようと提言している点です。

特に、英語を聞いているときは、どんどん前から順番に単語が流れてくるわけで、前から処理できないと、すぐに行き詰まってしまう。それは読むことも一緒ではないかと。

その観点から、英文を前から順番に読んでいって、後戻りせずに文の構造をつかむにはどうすればいいのかとか、解釈の選択肢が複数ありそうな英文を、どうやって1つの解釈に絞り込むか、みたいな頭の使い方を伊藤さんは書いているのです。

Dain「英文解釈」と「文法」は、厳密にはどう違うんですか?

読書猿 多くの人はたぶん、文法は知っていると思うんです。だけど、文章を読んだり書いたりするために、「文法を実践的に使っていく」という意識には至っていない。そこを意識的にやるのが英文解釈という考えですね。

伊藤さんの本以外なら、『英文解体新書』(北村一真、研究社)という本もおすすめです。ここに出てくる英文は、伊藤さんの『英文解釈教室』よりもちょっと上品。たとえば、エドガー・アラン・ポーの小説や、スティーブン・ピンカーの文章などが載っています。

とはいえ、一文一文は短いので、読むのはそれほど大変ではありません。こうした例文を使いながら、どれが主語で、どれが動詞で、それらがどう掛っているのか……というように、構文の取り方をとても丁寧に教えてくれる1冊です。

英文をまるごと体得できる「復文」学習法

Dain 単語や文法は丸暗記するのではなく、英文を読み解きながら体得していくことが重要なんですね。

読書猿 結局、ある文章をまるごと暗記したとしても、それ単体では使えませんよね。文章を再生・出力するための、いろいろな道具も併せて一緒に覚える必要があるわけです。そこで非常に有効なのが、先ほど名前が出た関口存男さんもやられていた、「復文」という勉強法です。

英語と日本語なら、まずは英語を日本語に訳して、それからその日本語をもう1回英語にする。たったそれだけのことですが、すごく細かいところまで気をつけないと、復文はできないんですよ。

最初に日本語に訳すときにも、あとで英語に復文できるように、英語に入っている情報を取り落とさないよう訳さなくてはならない。つまり、一つひとつの単語や文法にものすごく気を使っていないとできないんです。だから、その文章を出力するために使われている道具がすべて血肉になる。

時間は少しかかりますが、体験的に言うと、これは語学習得にめちゃくちゃ効きます。

もちろん、最初は上手くいきません。なので、ダメな箇所に線を引いて、赤で直す。そのあと、もう1回やってみると、少しだけ間違いが減ります。さらにしばらくあと、2時間くらい経ってからもう1回やってみると、むしろできなくなっている(笑)。それで、最初に訳すところから全部やり直す。その「忘れる」「覚える」の往復の繰り返しが効くんですよ。

Dain すごくいいですね。単語集を通読するときにも、例文で「復文」をやれば、記憶と理解が深まりそうです。ぜひやってみます!

読書猿(どくしょざる)
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰
「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。 自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。 『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。『独学大全』は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。
なお、最新刊『独学大全』の「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
Dain(だいん)
書評ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人
ブログのコンセプトは「その本が面白いかどうか、読んでみないと分かりません。しかし、気になる本をぜんぶ読んでいる時間もありません。だから、(私は)私が惹きつけられる人がすすめる本を読みます」。2020年4月30日(図書館の日)に『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』(技術評論社)を上梓。