『起業大全』『起業の科学』の著者・田所雅之さんと、『超★営業思考』の著者で2020年11月にアスリートの生涯価値を最大化するというミッションを掲げる株式会社アスリーボを起業した金沢景敏さんの対談の第2回。『起業大全』は、田所さん自身がかつて経験した失敗を踏まえて「スタートアップ型事業を大きく成長させるために必要な知見」をまとめた超大作。金沢さんはこの本を読み、失敗は「意味のある失敗」と「意味のない失敗」にはっきり分かれるのだと再認識したという。「意味のない失敗」を重ねないために必要なこととは?(構成/ライター・前田浩弥)

「小心者」のほうが成功する確率が高い理由写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

手痛い失敗をした「かつての自分」のために書いた本

金沢景敏さん(以下、金沢) 田所さんがお書きになった『起業大全』、むさぼるように読ませていただきました。田所さんがこれまでのビジネス経験や読書経験をもとにつくり上げた1万枚以上のスライドのエッセンスを、全416ページに密度濃く詰め込んだ超大作。読み応えがありました。あれだけのスライドと本を書き上げてしまうなんて、田所さん、5人くらい分身がいらっしゃるんじゃないですか?(笑)

田所雅之さん(以下、田所) いやいや(笑)。実は、「基礎となるフレーム」を自分の中に数千個持っていて、『起業大全』をまとめるにあたっては、さまざまな要素を「基礎となるフレーム」に掛け合わせていくだけだったんです。「すんなり書けた」とは言いませんが、2017年に上梓した『起業の科学』より負荷は軽かったです。

『起業の科学』のときは5年くらいかけて、2500枚のスライドをゼロからつくり上げましたからね。まさに「生みの苦しみ」を味わいました。ただあのとき苦しみながらも、スタートアップの初期フェーズを自分の言葉で「言語化」した経験があったからこそ、すべてのフェーズを対象とした『起業大全』を書き上げることができたともいえます。

金沢 しかも、田所さんは「言語化」したうえに、それをさらにわかりやすく「図解化」「フレームワーク化」してスライドにまとめられている。これって、本当に高度なことだなと思います。

田所 そう言っていただけると、苦労した甲斐があります。ただ、ぼくもスライドに起こし始めたのはここ5~6年なんですよ。それまでは、自分の頭のなかにあるものを「図解化」しようと思ってなかったですね。

 ぼくは、「スタートアップ」にチャレンジして手痛い失敗をしたのちに、「ベンチャーキャピタル」で客観的な立場で起業家とかかわるなかで、自分のなかで「スタートアップでありながら失敗を潰す方法論」を腹落ちさせて、整理することができていたつもりでした。

 だけど、いざメンバーにそれを伝えようとすると、うまく説明できなかったんです。そこで、「自分の思考をもう一度整理してみよう」と思って、考えていたことを「図解」や「フレームワーク」に落とし込んで、一つずつスライドにしていったんです。

「小心者」のほうが成功する確率が高い理由田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務める。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全』(ダイヤモンド社)がある。

金沢 なるほど。「本を出す」という目的ではなく、あくまでも「自分のため」のスライドだったんですね。

田所 そうです。ただスライドを起こしていくうちに気づいたんです。「起業って、自分の人生を賭けるものだし、世の中に大きなインパクトを与える重要なことなのに、誰もそのプロセスを言語化していないな」って。

 そこで、「ならば、自分で言語化/フレームワーク化してやろう」と執筆したのが『起業の科学』なんです。これも「自分のため」ですね(笑)。そして『起業大全』は起業した事業を大きく成長させるために必要な知見をまとめたわけですが、これもやはり「自分のため」にまとめたものです。

『起業の科学』『起業大全』も、自分がいちばんの読者であり、いちばんの批判者であり、何よりもいちばんの当事者なんです。もしもこの先、誰かがタイムマシンを発明してくれたなら、2011年に戻って、シリコンバレーでスタートアップがうまくいかずにもがき、迷っている自分に『起業の科学』と『起業大全』を読ませてあげたいですね。

金沢 逆にいえば、田所さんの「苦悩の経験」「失敗の経験」がすべて、『起業の科学』と『起業大全』に詰まっていると?

田所 おっしゃるとおりです。

 もう、あのときぼくは、ありとあらゆる失敗をしましたからね。シリコンバレー起業の時は、数百万円お金を貸した共同創業者が夜逃げしましたし……。それで日本に帰ってきて、改めてスタートアップをしましたが、やっぱりうまくいかなかった。本当に「できる失敗は全部した」という感覚です。自分の人生を賭けてやったことで2回も失敗している人はそうそういないでしょう。

 でも、その経験を胸の奥にしまうのではなく、傷口を自らさらけ出し、「なんでこうなったのか」と過去の経験を分析しまくって生まれたのが、『起業の科学』であり『起業大全』なんですよ。

金沢 そうだったんですね。田所さんの“痛み”を伴う痛切な失敗経験をもとにした知見を、書籍を通してありありと学ぶことができるなんて、本当にありがたいことだと思います。

 こう言うと嫌味のように聞こえてしまうかもしれませんが……ほかの人が失敗した経験をもとに得た知見を教えてもらい、自分が将来失敗する確率を減らせるのが、専門家に教えを請うよさであり、本を読む意味だと思っています。せっかく経験値を共有していただけるのですから、学ばない手はありません。感謝をしながら、たくさん吸収したいですね。

田所 そうしていただくのが、著者の喜びですね。スタートアップは「未来の市場」「未来の世界」をつくるものだと考えていますから、もっともっとチャレンジする人が増えてほしい。そのために、チャレンジする人の成功確率を高めるのがぼくのミッションであり、生きがいです。ぼくの失敗が、誰かのスタートアップが成功する糧になるのであれば、こんなに嬉しいことはないですね。金沢さんの事業もぜひ成功してほしいと願っています。