「新生児糖尿病」発生メカニズムの日本人による発見が画期的な理由(2)写真はイメージです Photo:PIXTA

生後6カ月未満に発症する新生児糖尿病。日本ではまだ臨床現場に対応が浸透していない。適切な治療を適切なタイミングで受けられず、多くの患者と家族が苦しんでいる。福島県立医科大学病態制御薬理医学講座の下村健寿主任教授が英国で耳にした、日本の患者が劇的に回復したケースが、下村氏の心を救った。(医療・健康コミュニケーター 高橋 誠)

オックスフォード大学での僥倖
~新生児糖尿病発見の快挙に巡り合う

 下村医師は、大学で新生児糖尿病の基礎研究に没頭する傍ら、東日本大震災被災地の病院などで月200人の糖尿病患者を診る臨床医でもある。

「基礎と臨床の二足の草鞋(わらじ)」は稀有な才能の一端を示す。しかし、ここまでの下村教授の道のりは容易ではなかった。かつて所属していた大学でいじめに等しい行為を受けて辛酸をなめた。臨床医として脂の乗り始めた7年目、ついに大学を追放された。

 いつか見返してやろうと思い、無給の研究員としてイギリスに渡った。門をたたいたのは、世界を代表する生理学者でありインスリン分泌研究の大家フランセス・アッシュクロフト教授の研究室。以後、8年間教授の薫陶を受けた。

 下村医師がなんとかオックスフォード大学に職を得た2004年、アッシュクロフト研究チームは、全く新しい糖尿病を報告した。KATPチャネル(ATP感受性カリウムチャネル、β細胞の膜上に存在する)の生まれつきの変異によって発症した新生児糖尿病の症例である。

 新生児糖尿病は、適切な治療を適切なタイミングで行えば、糖尿病の症状だけでなく精神の発育の遅れなど脳神経系の症状もかなりの程度まで改善できるケースを明らかにした。世界初の快挙である。

 一般的に、若年発症の糖尿病(1型糖尿病)の治療にはインスリン注射が第一の選択肢となる。臨床の現場では新生児糖尿病が「特殊な1型糖尿病」と診断されてインスリンを注射してしまうケースがあっても不思議ではなかった。

 しかし、この発見は新生児糖尿病の患者には大人の糖尿病治療に用いる内服薬、SU剤(スルホニル尿素薬)が極めて有効であるという、患者と専門医にとって適切な治療選択肢を明示したのだ。

 すべての変異型に有効なわけではないが、多くの変異においてこのSU剤を使うことによって、血糖だけでなく神経症状(精神発育遅滞、低筋力、てんかん)を、完全にではないものの改善できる場合が多い。

 SU剤は、β細胞(膵臓にあるインスリン産生細胞)に直接作用してインスリン分泌を促し、血糖値を改善する。通常、大人が糖尿病治療に用いる容量では薬が脳の中に移行することはなく、脳神経に作用することはありえない。

 しかし、新生児糖尿病の患者で用いる場合には、閉まりづらいKATPチャネルを閉めるために通常より高容量のSU剤を服用させる。その結果、脳の中にも薬が行き届く。すると、脳神経には膵臓のβ細胞と同様のSU剤の作用起点=KATPチャネルがあるので、脳神経に届いたSU剤が治療効果を発揮する。

 今まで、何人もの患者がインスリン注射から解放され、SU剤の内服だけで血糖のコントロールが保たれるようになった。しかもこの疾患の患者は、高容量のSU剤を内服しているにもかかわらず、SU剤で最も危惧される副作用=低血糖を発症しない傾向がある。

 インスリン治療を行っていた間は頻繁に低血糖を起こしていた患者たちが、SU剤内服に切り替わった途端に低血糖を起こさなくなる。なおかつインスリン治療に比べてSU剤治療の方が全体的な血糖コントロールも良好になる。