阪神・淡路大震災の教訓「防災教育としての地理」とは?

地理とは「地球上の理(ことわり)」である。この指針で現代世界の疑問を解き明かし、ベストセラーとなった『経済は地理から学べ!』。著者は、代々木ゼミナールで「東大地理」を教える実力派、宮路秀作氏。また、日本地理学会企画専門委員会の委員として、大学教員を中心に創設された「地理学のアウトリーチ研究グループ」に参加し、精力的に活動している。2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定し、地理にスポットライトが当たっている。今、ビジネスパーソンが地理を学ぶべき理由に切り込んだ。(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)

そもそも「地理」って何ですか?

──恥ずかしながら、「地理」と聞いても受験のときの選択科目くらいのイメージしかありません。そもそも、地理とはどういった学問なのでしょうか?

宮路秀作(以下、宮路):たしかに「地理」と聞くと、「山の名前を覚えましょう」「どこに川が流れているか暗記しましょう」という科目だと思われがちです。でも「そもそもそういうものではない」とまず言いたいです。

『経済は地理から学べ!』でも書きましたが、地理「Geography」の語源は「Geographia」というラテン語です。

「geo」は「地域を」、「graphia」は「描く」という意味なので「Geographia」、すなわち地理とは「地域を描く」ことなんです。

──「地域を描く」からきているんですね。

宮路:現代ではスマホで簡単に写真を撮ることができますが、古代ギリシャではそうはいかないので、とにかく描くしかない。

 どこに山があって、どこに川が流れているか。川の近くで水を引っ張ってきて農業をやっている人がいれば、その人たちの様子を描く。当時はまだ工業はなかったので、農業をしながら生活している人の様子を描くわけです。

 本来、地理とはそういった自然環境と人間生活を俯瞰的に考察するものです。

 そうやって自分たちが暮らす地域を描いてみると、当然人間には探究心があるので、今度は「もっと違う地域のことも知りたい」と思うようになり、色々なところへ行ってその地域を描く。

 地理学ではいろんなところへ行って地理調査をすることを「巡検(じゅんけん)」といいますが、巡検こそ地理の基本です。

──人気番組『ブラタモリ』がしていることは「巡検」なのでしょうか?

宮路:そうそう、そうですね!

 かつては現代のように簡単に旅行できる時代ではありませんから、もはやそれは冒険ですよね。時に命がけです。なので、歴代の地理学者はみんな冒険者でもあるんです。

 これは机の上で教科書を読みながら「山の名前や川の場所を覚える」という姿とはずいぶん違います。本来、地理学とは巡検してなんぼの世界。体験して初めて実感するものです。

 それが本当の意味での地理ですが、学校教育ではなかなか実感するところまでいけない。それはすごく残念ですよね。ただ、巡検といってもそんな大げさなことではなく、旅行へ行ったり、近所を散歩するだけでも地理を実感することはできると思っています。

──身近なところで地理を体験するとしたら、どういうことが挙げられますか?

宮路:たとえば「渋谷」という地は、その名の通り「谷」なんです。渋谷には渋谷川が流れているので、たくさんの雨が降ると、川へと水がどんどん流れ込んでいきます。そんなことを思いながら町を歩いてみるだけでも、地理を実感することができます。

 またスーパーに行って鮮魚売り場でタコを見つけたら、ぜひ輸入物のタコを探してみてください。すると、そのタコの多くがモロッコ産かモーリタニア産だったりするんです。

──へぇ、全然知りませんでした。

宮路:普通はそうですよね。そのときに「なぜモロッコ産やモーリタニア産ばかりなのだろう」と考えることが地理ですよね。モロッコやモーリタニアの海域でタコが捕れるのはどうしてなのかな。モロッコやモーリタニアの人たちはタコを食べないのかな、と自分なりに想像してみて、実際にいろいろと調べてみる。

 そういう実感を伴った体験が地理を学ぶということです。「山の名前」や「川の名前」を覚えるのが地理ではなくて、「地域を描いたもの」「それぞれの地域の人の生活を描いたもの」が地理だということを、ぜひ多くの人に実感して欲しいと思っています。