成長している会社の従業員が幸せでいるのはなぜか?

近年、日本での採用競争は激化しています。少子化によって労働人口は減少し、スキルや経験を持つ人材は、より条件のよい場所へと転職。かつてのような、終身雇用や年功序列が魅力だった時代は、すでに過ぎ去り、各企業にとって、優秀な人材の確保と定着は生き残りのための重要課題です。 
一方、日本の社会では往々にして、従業員個人の幸せよりも企業の成功が優先されます。しかし、その結果起こるのは、早期離職や人手不足で、雇っても雇っても人が離れていく、負の連鎖です。
このような状況の中、話題を呼んでいる書籍があります。士業事務所のコンサルティングを中心に、さまざまな事業を展開する株式会社アックスコンサルティングの代表取締役である広瀬元義氏による著書『エンゲージメントカンパニー』です。
「アンリ・ジャール」という架空のワイン好き人物が、22人の多様な経営者たちを生徒として講義を行いながら、これからの企業に必要となる人材開発のメソッドを伝えていく――。
わかりやすい物語形式で、現在の日本のHR業界に変化を促し、変化のために必要な情報に纏めた『エンゲージメントカンパニー』。従業員のエンゲージメントを実現するために企業は何をするべきか? 本連載では、注目の書籍からそのエッセンスを紹介していきます。

「幸せ」になるために必要なのは、共通した価値観

 これまで日本の社会では、その企業に所属したり仕事をしたりすることを、「幸せ」という観点で考えることは少なかったのではないだろうか。条件のよさや企業の安定性、業務内容に満足してるかどうか、そして、個人と企業の成功だけに注力してきたといえる。それは、成功の先に幸せがあると考えてきたからだ。しかし、アンリ・ジャールは、成功よりも幸せを優先すべきと説いた。

 現に、アメリカの先進的な企業では、幸福を求めるための部署の設置が一般的になり、CHO(Chief Happiness Officer)というポストも生まれている。会社の経営陣がなすべき重要な仕事の一つとして、従業員を幸せにすることがあげられているのだ。

 さらにある日、アンリ・ジャールは生徒たちにこういった。「企業には幸せを前提とした価値観がないといけません。そして、価値観を共有した人たちが集まらなければならないのです」。人が持つ価値観はそれぞれだが、企業の価値観は明確かつ明文化できなくてはならない。例えば、自分のデスクがごみ溜めのようになっていることが、「落ち着くし集中できて幸せ」という人がいたとしても、不快に思うメンバーがいては、その価値観は共有できないものとなる。価値観は全員が納得して統一されていなくてはならず、ルールで縛りすぎては意味がない。無理強いした価値観では、人の行動は変えられないというのが、アンリ・ジャールの所論であり、だからこそ採用や人材育成時のオンボーディングで従業員との価値観の共有は必須だと語る。

幸福度の高い従業員の生産性は、
低い従業員と比べて31%も高い

 ここで、アンリ・ジャールが語る成功よりも幸せを優先すべきという点に話を戻そう。その根拠となるのは、「幸福度の高い従業員の生産性は31パーセント高く、創造性は3倍高い。幸せな気持ちで物事に取り組んだ人は、生産性が約12%上昇する。比較して平均2倍のスピード」という、あるデータに基づいている。

 アンリ・ジャールはこのデータとともに、アメリカの言語学者サミュエル・I・ハヤカワによる有名な概念「抽象のハシゴ」から、3人のレンガ職人の話を生徒たちに紹介した。

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ある旅人が、レンガを積んでいる3人に出会います。
その3人に向かって、旅人は尋ねます。
『あなたは何をしているんですか?』

1人目の男は『いやぁ、ただレンガを積んでいるだけだよ』
とぶっきらぼうに答えました。

2人目にも同じように旅人は尋ねました。
『私は、教会の壁のレンガを積んでいるのさ』
と答えました。

また3人目にも尋ねました。
『私は、みんなが幸せに過ごせる場所を作っているのさ』
と答えたといいます。
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