ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースの初の著書『WHAT IS LIFE? (ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』が世界各国で話題沸騰となっており、日本でも発刊されてたちまち5万部を突破。朝日新聞(2021/5/15)、読売新聞(2021/5/3)、週刊文春(2021/5/27号)と書評が相次ぐ話題作となっている。
本書の発刊を記念して、訳者竹内薫氏と吉森保氏(細胞生物学者、大阪大学栄誉教授)の対談が実現した。「WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』について、また、2016年ノーベル生理学・医学賞受賞大隅良典氏や元日本マイクロソフト社長成毛眞氏から絶賛されている、ノーベル賞受賞者の共同研究者である吉森氏のベストセラー『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義」の読みどころや魅力について、そして「科学的思考を身につけるために大切なこと」について、お二人に語ってもらった。(取材・構成/栗下直也)

いますぐ実践できる!『LIFE SCIENCE』著者が教える「科学的思考」を身につける方法

バイオサイエンスの時代

竹内薫(以下、竹内) 「今はバイオサイエンスの時代だな」と改めて感じています。私のような物理学畑の人間からすると、優秀な学生がかなりの割合でバイオサイエンスに流れている印象があります。先日も学生時代の友人の大学教授が「物理学科がとうとう定員割れだよ」とぼやいていました。

吉森保(以下、吉森) 確かにバイオサイエンスの時代であることは間違いありませんね。ただ、私からすると、生物学が人気かというとそうでもない。医学部なのに入試問題で生物を選択しない学生も少なくありません。生物があまりにも専門的になった結果、暗記科目になってしまい敬遠されているんですね。結局、物理も生物も人気がない(笑)。

 受験科目のひとつに過ぎないんですね。科学の凋落などと言われて久しいですが、何よりも若い人が科学に興味を示さなくなったこと自体が残念ですね。

竹内 子ども達も小学校で理科を教わるときは楽しいはずなんですね。それが中学、高校と学年が上がるにつれて科学嫌いが増えてしまう。受験のための暗記が先行して科学の楽しさが失われている危機感はありますね。

 私はフリースクールを経営していて「とにかく楽しくやろう」をモットーにして探究型の授業を提供しています。勉強もできて、数学やコンピュータ好きな子もいます。ただ、やはり受験が障壁になるんですね。この前も小学5年生が突然辞めることになって、理由を聞くと、「これから2年間は中学受験の勉強にだけ専念する」と。

吉森 私も高校生向けのプログラムや小中学生向けの科学教室に関わっています。みんな目が輝いていますよ。それが大学生になると大阪大学でも輝いている子が少ない。

いますぐ実践できる!『LIFE SCIENCE』著者が教える「科学的思考」を身につける方法吉森保(よしもりたもつ)
細胞生物学者
医学博士
大阪大学大学院医学系研究科教授、生命機能研究科教授
2017年大阪大学栄誉教授
2018年生命機能研究科長
大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典先生(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げられたときに助教授として参加。国立遺伝学研究所教授として独立後、大阪大学微生物病研究所教授を経て現在に至る。あちこちを転々としてきた流浪人。自分が研究に向いているのか確信が持てないまま、しかし「細胞内の宇宙」に魅せられて40年以上、役に立つか立たないか判らない基礎研究の世界にどっぷり。特にオートファジー研究に黎明期から携わり、今それが予想外の発展を遂げていることに感慨しきり。マラソン・トレイルランニング、靴磨き、焚き火、Perfume、雲見物、世界の美術館探訪、ラバーダック収集など趣味多数。大阪大学総長顕彰(2012~15年4年連続)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2013年)。日本生化学会・柿内三郎記念賞(2014年)、Clarivate Analytics社Highly Cited Researchers(2014年、2015年、2020年)。上原賞(2015年)。持田記念学術賞(2017年)。紫綬褒章(2019年)。初の著書『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)が話題作となっている。

竹内 ポール・ナースもインタビューの際に「昔は日本の学生が自分の所にたくさん遊びに来たけど、最近は全然来ない」とおっしゃっていました。完全に教育システムの問題ですよね。

吉森 そうですね。ただ、嘆いていても仕方ないし、やる気のある子の芽を摘まないような取り組みをできる範囲でやるしかないと考えています。同時に、子どもだけでなく、大人にも興味を持って欲しいんですね。テクノロジーが急速に進んで生活に入り込んで、科学に興味が無いままだと生きづらい時代がすぐそこまで来ていますから。