「営業プロフェッショナル」による対談が実現した。『無敗営業』の著者・高橋浩一氏と、『超★営業思考』の著者・金沢景敏氏のおふたりだ。高橋氏は、上場企業を中心に50業種3万人以上の営業強化を支援するTORiX株式会社の代表であり、8年間自らプレゼンしたコンペの勝率は100%を誇る、まさに「無敗営業」を体現する人物。一方の金沢氏は、プルデンシャル生命保険入社1年目にして国内営業社員約3200人のトップに立ち、3年目には「Top of the Table(TOT)」に到達した「伝説の営業マン」である。「売り手」に回った途端、「買い手」の気持ちがわからなくなる……。営業マンが陥りがちな「落とし穴」について、おふたりに語り合っていただいた。(構成/前田浩弥)

超一流の営業マンが、「結果は“出す”ものではなく、“出る”ものである」と考える理由写真はイメージです。Photo: Adobe Stock

営業マンは、なぜ間違えるのか?

金沢景敏氏(以下、金沢) 『無敗営業』で面白かったのが、「接客をする洋服店の店員」のエピソードです。売り場で「どの洋服を買おうかな」と選んでいると店員さんがササッと近寄ってきて「試着できますよ!」と迫る。でも、お客さまは面倒くさく感じて「大丈夫です……」と言って静かにその場を立ち去る……これって、“あるある”ですよね(笑)。

高橋浩一氏(以下、高橋) 営業の研修で、「たとえば服を買おうとするとき、よさそうな服を触った瞬間に店員さんがサーッと寄ってきて『試着できますよ! どうですか?』とゴリ押ししてきたら、買う気になりますか?」と受講者に聞いたら、「いや、買う気にならないです」と答える人が大半なんです。

 これ、どこで誰にどう聞いても、同じような答えが返ってくると思います。なのに、デパートの洋服売り場やアパレルショップの店員さんのなかには、「試着できますよ!」という売り方をしてくる人がいます。たぶん、その人たちも、自分が客のときには、それをされるのは嫌いなはずなんです。だけど、なぜか「声を掛けられた瞬間に買う気をなくす」という買い手の本音を知らないかのように振る舞ってしまう……。

金沢 本当ですよね。でも、そう言われたら、ぼくも保険営業マンになった当初は「売ろう売ろう」としていました。そんなふうに営業されるのが嫌いだったのに……。

高橋 これって、ほとんどすべての営業マンが「通る道」なんじゃないでしょうか? 買い手の側に立ったら「おかしいな」と思うようなことでも、売り手の側に立つと気づかずにやってしまうという現象は、ほとんどの人が陥る「落とし穴」のようなものだと思うんです。「買い手」と「売り手」に立場が分かれた瞬間に、世界が分かれるというか……。

超一流の営業マンが、「結果は“出す”ものではなく、“出る”ものである」と考える理由高橋浩一(たかはし・こういち)
TORiX株式会社 代表取締役
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制を作る。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで3万人以上の営業強化支援に携わる。 コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版 、シリーズ累計6万部突破。2021年『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす〜共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術〜』(クロスメディア・パブリッシング)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。

金沢 確かに。

高橋 車もそうです。以前、自動車ディーラーの社員研修をやったことがあるのですが、研修に先立って「車を売るためのコツは何ですか?」と聞いたら、担当者さんは「とにかく試乗してもらうことです」とおっしゃって、「ああ、アパレル店員といっしょだ」と感じました。

 それぞれの業界の人に聞けば、確かに「試着をするかしないか」「試乗をするかしないか」で購買率が変わるというデータがあるようなんです。だからとにかく試着・試乗をおすすめする。「試着させてしまえば買う気になる」「試乗させてしまえば買う気になる」と考えるから、買い手からすると「逆効果の売り方」になってしまうんでしょうね。

金沢 それは、データの捉え方の問題ですよね。そのデータに嘘はないと思うんですが、「試着したから買った」「試乗したから買った」と解釈するのではなく、「気に入って買おうと思ったから、念のために試着・試乗した」と解釈すべきなんでしょう。因果関係がねじれている感じがします。

高橋 おっしゃる通りですね。

金沢 もちろん、データは大事ですが、いちばん大事なのは、そのデータをどう見るかという「視点」「観点」ですよね。その「視点」がズレてると、データが正しくても、「答え」を間違ってしまう。お客さまにしっかりと服や車の価値を感じてもらうことが大切なのに、「まずは試着させる! 試乗させる!」「これさえやっていれば売れるはず!」というように……。

高橋 こうしたエピソードから、世の中の「売れる営業マン」ってどんな人なんだろうと考えると、「買い手の世界」と「売り手の世界」をうまくつなげている人なんだと思います。「買い手」と「売り手」では世界の見え方が違うことを認識した上で、その2つの世界をうまくくっつけられるような人。

 以前、ネクタイを買いにいったときに「お客さまはどのようなスーツをお持ちですか?」「ワイシャツはどのような色をお持ちですか?」「どんなお仕事をされているんですか?」と、私が持っている服や仕事内容を頭に入れたうえで、買うべきネクタイを一緒に考えてくれたわけです。その人はまさに「買い手の世界」と「売り手の世界」をうまくつなげている人でしたね。

金沢 すごくよくわかります。「お客さまが求めているもの」と「こちらが売りたいもの」にはズレがある。そのズレを自覚した上で、お客さまの意に沿いながら、「お客さまはまだ知らないけれど、お客さまにより合いそうな商品」があったらそれを提案するのが「売れる営業マン」ですね。

高橋 そう思いますね。あと「ズレ」の話で興味深いのは、必ずしも「不真面目な人がズレる」というわけではないことです。

 買い手から見て「そうじゃないでしょ」という売り方を繰り返してしまう人は、不真面目というよりはむしろ、上司から言われたことをそのままやろうとしたり、会社がやれと言ったことを忠実すぎるくらいに忠実にやろうとしたりという「真面目すぎる人」の場合が多いんです。

 会社や上司も「こうしたほうが売れる」ということを伝えたいから、そういうメッセージを出すんでしょうが、その結果、「真面目すぎる人」は会社や上司の言うことを実行しようという意識になって、お客さまに寄り添うという意識が希薄になってしまうのかもしれません。だから、「的外れな売り方」をする営業マンが生まれる危険性もまた高まるわけですね。

金沢 たしかに、真面目な人ほど、「お客さま」より、身近な「上司」のほうを見て仕事をしてしまうおそれも大きいのかもしれないですね。