「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

妬みこそが最も厄介な感情だPhoto: Adobe Stock

妬みこそが最も厄介な感情だ

 見えにくい感情ほど厄介なものはありません。

 妬みは他の感情とは違って、誰もが「社会的に受け入れられにくい不快な感情である」と認識しているため、普段は心の奥底に潜ませ、密やかに隠し持っているものです。

 キリスト教の「七つの大罪」の一つに挙げられるほど、人間の感情の根源であり、他人の足を引っ張るなどの非合理的な行動を促す元凶として考えられてきました。

 例えば、敵意を抱きやすくなったり、妬んだ相手を貶めたりします。間違った情報や質の低い情報を伝えたりするのも妬みが原因ですし、最近ではネットいじめの根底に、この感情があるということもわかってきています。

 さらには、自分をなんとか相手よりもよく見せようとして、不正行為を働く原因にさえもなるのです。

 当然、他人だけでなく自分自身を苦しめることにもなります。例えば、抑うつや不安感が高まりやすくなるのです。

 しかも、一度これらの感情に飲み込まれてしまうと、その沼からは抜け出すことは困難です。

・職場の関係性がしっくりきていない

・チームとしても個人としても、本来の実力を発揮できていない

・メンタルの不調を訴える人が出る(もしくは自分自身がそうだ)

 上記のような問題の根本には水面下で活性化する心、すなわち妬みの感情が関与している可能性があります。

 だからこそ、組織で働く人にとって、このような妬みの感情を理解し、適切にマネジメントすることが重要です。

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妬みの感情を測定する心理実験

 妬みの感情は、どのようなときに生まれるのか。そして誰に対して、どのようなカタチでぶつけられているのか。

 このことに答えた研究があります。それは、アメリカの心理学者デステノの研究グループの論文で発表されました。[1]

 実験参加者は1人で部屋に入り、その後すぐ参加者のパートナーとなる異性が入ってきます。

 実は、このパートナーは実験のために用意されたサクラです。

 パートナーは、実験参加者との会話を楽しみ、仲良くなるようにふるまいます。

 しばらくして2人には、

「この実験は、1人で課題に取り組むときとペアで取り組むときのパフォーマンスの違いを検討するものです。1人でやるかペアでやるかは、自由に決めてもらって構いません

 と伝えられます。

 するとパートナーは、実験参加者に「一緒にやろう」と誘います。

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 しばらく2人が楽しく課題を行っていたところ、3人目が「遅れてごめんなさい」と言いながら現れます。

 この人は、実験参加者と同性で、実はライバル役のサクラです。もちろん、このことも実験参加者は知りません。

 3人には再度、「この実験の課題は、1人で行っても2人で行っても構わない」と伝えられます。

 ここから、実験参加者の運命が分かれるのです。

「パートナーの裏切り」が発生

 一つの条件[統制群(操作が加えられていない比較対照のための群)]では、パートナーが

「大学医療センターに予約していたことを忘れていた!」

 と言って部屋を出ていきます。

 こうして、残った2人は個別に課題を行うことになります。

 これに対してもう一つの条件[妬み生起の実験群(操作が加えられた群)]では、なんとこのパートナーは後からやって来たライバルの異性に

「もしよかったら一緒にやろうよ」

 と声をかけます。

 声をかけられたライバルはそれを承諾し、実験参加者とは声の届く距離のところで作業を始めます。

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 どちらの条件でも、実験参加者は1人で課題に取り組むことになるのですが、その原因が違っています。

 一つは、たまたまの出来事によるものでしたが、もう一つは、ライバル出現によるものだったわけです。

味覚テストで妬みを測定

 この後にもうひと押しの手続きが施されます。

 味覚のテストという名目で、

「パートナーとライバルがそれぞれ食べるものに、実験参加者がホットソース(激辛の刺激物)で味付けできる」

 という機会が与えられるのです。

 パートナーとライバルはホットソースが嫌いです。

 そのことを知った上で、実験参加者は、いったいどれほどの量をかけるのか——その分量が測定されました。

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実験の結果——妬みがもたらした恐ろしい結末

 まず[妬み生起の実験群]に割り当てられた人たちは、自分を裏切ったパートナーだけでなく、そのパートナーに裏切るよう仕向けたライバルに対しても敵意の混じった妬みの感情を表しました。

 また、薄情な裏切りを経験したとき、この実験に参加した人たちは自分をネガティブに捉えていました。

 そして、そのことが妬みを増幅させ、相手や直接的な関係者に対する攻撃行動を促していたのです。

 では、その敵意によって加えられたホットソースの量は、どれほどだったのでしょうか。

 結果は、[統制群]の平均分量が1.44gだったのに対して、[妬み生起の実験群]の平均分量は3.41gでした。2.4倍近くのホットソースが加えられたのです。

 ちなみにこの傾向は、女性(1.67g)よりも男性(4.24g)で顕著でした。

 悪意ある妬みが、いかに私たちの心の奥底で活動し、意地悪で破壊的な行動を操っているのかを垣間見るような実験結果です。

 集団の中の1人が妬みの感情を抱いた結果、妬む人も妬まれる人も、誰一人として得をしない非合理的な行動が生まれてしまったのです。

脚注: [1] DeSteno, D., Valdesolo, P., & Bartlett, M. Y. (2006). Jealousy and the threatened self: Getting to the heart of the green-eyed monster. Journal of Personality and Social Psychology, 91(4), 626–641.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)