がんの有無を1滴の尿で診断、「線虫検査」ががん治療を変える5つの理由HIROTSUバイオサイエンスの広津崇亮社長(左)と、大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(右) 写真:HIROTSUバイオサイエンス提供

最も生存率が低いがんといわれる、膵臓(すいぞう)がん。早期発見が困難であることも知られている。そうした中、大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授とベンチャー企業、HIROTSUバイオサイエンスは共同研究を行い、世界初の線虫嗅覚によるがん検査を応用した早期膵がんの診断法で、従来の腫瘍マーカーによる検査よりも高い精度でがんの有無を診断できることが明らかになった。線虫検査には現在のがん検査、そして治療のあり方を大きく変える可能性がある。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

見つけるのが難しい膵臓がんを
60%の感度で早期発見

 あらゆるがんの中でも膵臓がん(膵がん)は、最も生存率が低いことで知られている。治癒が見込める唯一の治療法は手術だが、手術できた場合(ステージ1・2)の5年生存率はおよそ10~30%。転移はないものの手術できない(ステージ3)場合の1年生存率は30~50%、転移があるため手術ができない(ステージ4)場合の1年生存率は10~30%程度しかない(がん研有明病院ウェブサイトより)。

 元横綱・千代の富士(九重親方)も、プロ野球チーム・東北楽天ゴールデンイーグルスの監督などを務めた星野仙一氏も、膵臓がんで命を落とした。

「膵臓がんは予後が悪いがんの代表格です。昨今の研究により、いろいろながんで予後は改善していますが、膵がんだけはこの30年間、依然として5年生存率は下に張り付いたままです。見つかったときに早期であることはなかなかなく、ほとんどの場合は進行がんになっていることが多いのが理由です。早期がんで見つかる割合は1割前後しかありません。今後、生存率を高めていくためには、早期の段階で見つける技術の開発が重要です」

 そう語るのは、大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授(常勤/疾患データサイエンス学)だ。石井氏を中心とした研究グループは、線虫がん検査「N-NOSE(エヌノーズ)」の技術を有するベンチャー企業、HIROTSUバイオサイエンスと世界初の線虫嗅覚によるがん検査を応用した早期膵がんの診断法に関する共同研究を実施。その研究成果が米国科学誌『Oncotarget』に掲載されたことを受け、9月6日、都内で記者発表を行った。

「膵臓がんでは従来、超音波やCTなどの画像診断、CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーでの診断に保険診療が適用されていますが、膵臓は背中側の超音波が届きにくい場所にあるため、超音波検査で見つけるのは困難です。また、腫瘍マーカーでは、早期での陽性率が低く、スクリーニングには不適という問題があります。

『N-NOSE』は線虫の嗅覚シグナルの行動応答を活用し、寒天プレートの中央に線虫、片側に採取した尿を置き、線虫がどちら側に動くのかによってがんの可能性を調べる生物診断です。当初は人の手で行われていましたが、現在検査解析プロセスは完全自動化されており、精度の高いデータが蓄積されていることから、膵臓がんの早期発見が可能になると期待しました」(石井氏)