「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

権力が人を変える

 リーダーにとって「権力とどのように付き合うか」は、非常に重要な問題です。

 リーダーが権力を誇示したり、威圧的な態度をとれば、その瞬間は成果を挙げることができるかもしれませんが、信頼は崩れ、長期的に見ればチームのパフォーマンスが低下します。

 実は、心理学や脳科学のいくつかの研究は、権力を持った人が組織の利益にならないネガティブな行動をとってしまうことを明らかにしています。

「立場が人をつくる」とは、責任のある地位につくことで人が成長するという意味の言葉ですが、良いことばかりではなく、権力という強い武器を急に持ってしまっただけで、それを振りかざしてしまうのが、人間の本性なのかもしれません。

 そうであるならば、そうならないために対処法を知って、メンバーからの信頼を失わないような行動をとれるように準備をしなければなりません。

 本章では、権力を持ったときの人間心理を学び、リーダーのポジションにいる人が、チームの人間関係を良好に保ちながら成果をあげるために、権力とどう付き合うべきかお話ししていきます。

地位は人の倫理観をも変える

 地位が人をつくることは、広く知られていることです。

 このことを実証した、1971年に行われた、心理学者のジンバルドーたちによる「スタンフォード監獄実験」は有名な話です。

 ジンバルドーたちは、大学の地下室を実験用の刑務所に改造して、非常に大がかりな実験を試みました。

 新聞広告などを使って、心身ともに健康で善良なアメリカ市民を募集。彼らをランダムに囚人役と看守役に分けました。

 囚人役は、胸と背中に囚人番号が記された囚人服を着用し、看守役には、制服や警棒、匿名性を高めるためのサングラスが渡されました。

 権力の差を強く感じるような服を着用した彼らに、実験用の刑務所の中で、それぞれの役割を演じさせたのです。

 その結果、初日こそ看守役は自分たちの役割に戸惑いを見せていたものの、数日で威圧的な振る舞いや精神的な虐待をするようになり、囚人役もまた囚人らしい言動を見せるようになっていったのです。

 この実験によって、人間はいかに置かれた環境によって形づくられるのか、役割を付与されて強い権力を得た人間がいかに倫理観を崩壊させ、非人道的な悪魔のような存在に化していくのかを私たちは知ることになりました。

「相手視点」より「自分視点」が強くなる

 権力を手にすると、人はなぜこのように相手をコントロールしようとし、残虐な行為にまで及ぶようになるのでしょうか。

 それは、相手の立場や感情を読むことが十分にできなくなるからです。

 コロンビア大学ビジネススクールのガリンスキーらは、このことを示すためにユニークな実験を行っています。[1]

 まず大学生を集めて、[パワー保持高群]と[パワー保持低群]の2つの条件を設定しました。

 [パワー保持高群]の大学生には、「思い通りに他人を動かした経験」や「他人を評価したときの経験」を書き出してもらいました。

 書き出すことで、自分自身が力を有している感覚を高めてもらったのです。

 一方、[パワー保持低群]の大学生には、「他人の意思で行動させられた経験」や「他人から評価された経験」を書き出してもらいました。

 彼らは、自分はさほど力を持っていないと連想させるための誘導でした。

 ここまでで、条件設定は完了です。

 この後、各条件に割り当てられた人たちは、自分の額にマジックペンで「E」の文字をできるだけ素早く書くように伝えられます。

 実は、この実験で見たかったのは、「Eの文字の向き」でした。

 [パワー保持低群]では、相手から見てEと読めるように書く傾向にありました。

 ところが、[パワー保持高群]では、自分の視点でEの文字を書く傾向(相手から見ると逆に書かれた状態)が顕著に表れたのでした。

 このことを受けて、ガリンスキー教授たちは、「権力を手にした人は相手の立場でものを見て考えることが難しくなる」と考えたのです。

 上司たる者、地位に見合った風格や品格を備えていれば理想的なのですが、現実にはそうではないケースもあります。

 しかも、この実験が示唆するように、本人はほとんど意識をせずに、不親切にもEの文字を逆に書いてしまっていることでしょう。

 気づいてほしい人が、最も自分の悪行に気づかないままでいる様子を表しているように思える実験です。

脚注 [1]Galinsky, A. D., Magee, J. C., Inesi, M. E., & Gruenfeld, D. H.(2006). Power and perspectives not taken. Psychological Science, 17(12), 1068-1074.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)