「大学は贅沢品」の現実、貧困の再生産に直面する若者たち写真はイメージです Photo:PIXTA

60代以上の中高年層と、若者の間でもっとも認識に差があるのが「大学の学費」かもしれない。1970年代には私立でも年の学費が20万円足らずだった。現代ではその4倍ほどになっている。物価や所得の上昇とはかけ離れた学費高騰が続いているのだ。「一億総中流」と言われた時代は遠い昔のこと。大学に進学するまでの「教育格差」も深刻である。(フリーライター ヒオカ)

苦学生にすらなれない…
じわじわと広がる「大学は贅沢品」という認識

 先日、私のこんなツイートがバズった。

<私が貧困家庭の体験記を出したら「大学行った時点で読む気失せた」「大学行ったくせに貧困語るな」という言葉がチラホラあって。
この反応は重く受け止めていて、“大学は贅沢品、嗜好品”“苦学生になれる人すら選ばれし人”という現実が、日本の現在地なのだと思います。>

 父親の年収が100万円だった自分自身の貧困の実体験を記事にした時、「大学へ行った時点で読む気がうせた」「大学へ行ったくせに貧困を語るな」という反応があった。それ以外にも、「自分も貧しくて進学なんて考えることさえできなかった」「現実的に、貧困家庭は進学ではなく就職するしかないと思う」といった声も寄せられた。

 私はこれらの声を聞いた時、本当に気が重くなった。

 ある編集者に言われた「ヒオカさんは大学に行って、記事を書いている時点で貧困界のエリートなんですよ」という言葉は、今でも胸にトゲのように刺さっている。

 「大学は贅沢品」「教育は課金制」

 折に触れて、そんな現実を、ひどく痛感させられる。