2020年、新型コロナウィルスの感染拡大によって、世界中の経済が打撃を受けた。
特に、飲食、宿泊、旅行、運輸、興行、レジャーなどの分野はその影響をもろに受けた。
スキューバダイビングやラフティングなどのアウトドアレジャーや、遊園地や動物園、水族館などのレジャー施設への予約をネット上で取り扱う会社・アソビューもその一つである。
アソビューは当時創業9年目、社員130名のベンチャー企業。日の出の勢いで成長している会社でもあった。37歳だったCEO山野智久氏は、未曾有の危機に追い込まれ、悩み、苦しんだ。
「会社をなくしたくはない、しかし、社員をクビにするのはいやだ」
売上は日に日に激減し、ついにはほとんどゼロになった。
さて、どうする? 山野氏が繰り出した「秘策」を、『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)から引用し、紹介する。

オンライン飲み会で社員の迷える心を癒す技術

「スナックともこ」開業

2020年4~5月のうちは、まだ売上がまったくと言っていいほど立っていない状態でした。

4月のうちは皆がパニックになる前に僕が先回りをして、出向をはじめ矢継ぎ早に手を打っていました。が、5月になるとさすがに従業員が気づき出します。

「なんか社長がすごく動いてるんだけど、うちの会社、ヤバいんじゃない?」

こうして従業員の間に不安が広がり始めました。

ちょうど世の中もそんな感じだったと思います。GWもろくに外出できない中、従業員の間では公私ともにフラストレーションがたまっていました。このままではいけない。

そこで僕は、オンライン飲み会を開くことにしました。

とにかく不安な人、会社が大丈夫かどうか社長の顔を見て確認したい人。そういう従業員に対し、カジュアルなオンラインでの飲み会という形式を利用して、「大丈夫。戦術はあって、それを粛々と進めている」と伝えたい。今会社がどういう状態で、何が起こっているのか。ちゃんと情報を開示して安心してほしい。そう思いました。

なぜ1対1の面談形式ではなく多人数としたのか。1対1だと僕の圧が強すぎて、たいがいは引かれてしまうからです(笑)。コロナ前はときおり従業員を誘って数人で飲んだりしていましたが、いつも僕だけが多くしゃべってしまいます。ですから、僕ひとりに対して4、5人くらい束になってくれたほうが、バランスがちょうどいいのです。

また130名を超える従業員一人ひとりと直接1対1で話すことは物理的には難しいので、これくらいの規模感が最少人数として現実的だったという側面もあります。

会社の会議ではないので、もちろん参加は自由です。僕が勝手に「お店」を出す日を決めるから、「来店」したい人だけ来てくれればいい。

ヒントは、とある経営者の先輩が「勉強になるから」と招待してくれたZoomスナック。参加してみて気づいたのは、楽しめるかどうかはとにかくママの力量次第であること。

ママの回し方でお客さんの満足度が大きく変化する。回しがうまければ、オンラインであろうと客はひとりで来ても十分に楽しめるのです。

僕はもともと登壇イベントなどでもファシリテーターを引き受けるのが好きなので、来てくれたメンバーを「お客様」としてもてなし、ママのようにファシリテーションしてみんなにしゃべってもらい、満足して帰ってもらう。その形式だったらいけるのではと思いました。

スナックだけに、僕の名前をママの名前に見立てて「スナックともこ」として開店しました。会の出だしの一声は、みんなが構えてしまわないように、わざとキャラを変えて、こんな感じです。

「はぁーい♥みんな、集まってくれてありがとねん」

「今日は社長じゃなくて、ママのともこよ」

「◯◯クン、△△さん、□□クンの順で、ちょっとそれぞれに自己紹介してもらってもいいかしら?」

自己紹介が1周回ったら、「あなた最近何してるの?」と振る。参加者の中には、出向先の愚痴を溜め込んでいる社員もいれば、逆境の中で毎日気を張っている社員もいます。リモートワーク中ですから、飲み会どころかリアルで雑談する機会もないので、こういう場でしか社員同士がカジュアルに話す場がありません。「スナックともこ」はそのガス抜きの場所でもありました。

午後8時半頃開店して、11時過ぎに閉店。盛り上がったら12時を越えることもしばしば。まあまあ長い営業時間です。そんな会を5月の中旬から10回近く開催しました。

前もって予約台帳を作り、先着5人まで来店可能(スナックだから、大人数は入れません)とアナウンスしたら、意外にも(?)ちゃんと人気でした。

参加メンバーのひとりが「楽しかったから同じメンバーでもう1回やりたい」なんて言ってくれたこともありました。結局、のべ30人近くが来てくれました。

オンライン飲み会で社員の迷える心を癒す技術
山野智久(やまの・ともひさ)
1983年、千葉県生まれ。明治大学法学部在学中にフリーペーパーを創刊。卒業後、株式会社リクルート入社。2011年アソビュー株式会社創業。レジャー×DXをテーマに、遊びの予約サイト「アソビュー!」、アウトドア予約サイト「そとあそび」、体験をプレゼントする「アソビュー! ギフト」などWEBサービスを運営。観光庁アドバイザリーボードなど中央省庁・自治体の各種委員を歴任。アソビューは期待のベンチャー企業として順調に成長していたが、2020年にコロナ禍で一時売上がほぼゼロに。しかしその窮地から「一人も社員をクビにしない」で見事にV字回復を果たしたことが話題になり、NHK「逆転人生」に出演。著書に『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)がある。