一冊の「お金」の本が世界的に注目を集めている。『The Psychology of Money(サイコロジー・オブ・マネー)』だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムニストも務めた金融のプロが、資産形成、経済的自立のために知っておくべきお金の教訓を「人間心理」の側面から教える、これまでにない一冊である。昨年秋の刊行以降、世界43ヵ国で刊行され、世界的ベストセラーとなった本書には、「ここ数年で最高かつ、もっとも独創的なお金の本」と高評価が集まり、Amazon.comでもすでに10000件以上のレビューが集まっている。本書の邦訳版『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』が、12月8日に発売となる。その刊行を記念して、本書の一部を特別に公開する。

人の投資判断は「いつ、どこで生まれたか」に依存する。驚きの調査結果Photo: Adobe Stock

人の投資判断は、成人して間もない頃の経験に左右される

 2006年、全米経済研究所の経済学者ウルリケ・マルメンディエとステファン・ナーゲルは、アメリカ人の「消費者金融調査(Survey of Consumer Finances)」の50年間分のデータを分析した。これは人々のお金の使い方を詳しく調査したものだ。

 理論上は、「人々は、それぞれの経済的な目標や投資対象の特徴を加味して投資判断を行っているはずだ」と考えられた。

 しかし、実際にはそうではなかった。分析の結果、人々の生涯にわたる投資判断は、その人が同時代に経験したこと、特に成人して間もない頃の経験に大きく左右されることが明らかになったのである。

 たとえば、インフレ率が高い時代に育った人は、低い時代に育った人に比べて、その後の人生で債券に投資する額が少なかった。同じく、株式市場が好調な時代に育った人は、株価低迷の時代に育った人に比べて、その後の人生で株式に投資する額が多かった。

 この分析を実施した経済学者は「分析の結果は、個人投資家がリスクをどれくらい負うかは、その人の過去の体験に大きく影響されることを示唆している」と書いている。知性でも、教育でも、教養でもなく、「いつ、どこで生まれたか」という偶然の要素が投資の判断を左右していたのだ。

1970年生まれは「株」が好き

 たとえば、1970年に生まれた人は、10代から20代のあいだに株価指数「S&P500」の価値が約10倍も増える体験をしている。これは驚異的なリターンだ。

 一方、1950年に生まれた人は、10代と20代のあいだに株の価値がほとんど変化しなかった。その結果、生まれた年代が違うだけで、この2つの世代の人たちは、株式市場について、まったく異なる考えを持つようになってしまうのだ。

 インフレ率も見てみよう。1960年代生まれのアメリカ人は、経済の仕組みを知る多感な時期、10代から20代のあいだに、インフレによって物価が3倍以上も上昇している。これは相当な変化だ。この世代の人は、ガソリンスタンドに行列ができていたことや、給料が以前と比べて明らかに上がらなくなったことを覚えているはずだ。しかし、1990年生まれの人は、インフレ率が低すぎて、インフレ自体を意識したことすらないかもしれない。

 このように生まれ育った環境が大きく異なれば、当然、インフレについての見方も大きく異なる。株式市場についての見方や、失業率、お金全般についてもそうだ。金融情報に対する反応も違うし、同じインセンティブに動機づけられることもない。同じアドバイスを信用することもないし、何が重要で、何に価値があり、次に何が起こりそうで、何が最善の方法なのかについて意見が一致することもない。

(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)

モーガン・ハウセル

ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。
投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。