『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』が刊行された。世界150万部超の『アイデアのちから』、47週NYタイムズ・ベストセラー入りの『スイッチ!』など、数々の話題作を送り出してきたヒース兄弟のダン・ヒースが、何百もの膨大な取材によって書き上げた労作だ。刊行後、全米でWSJベストセラーとなり、佐藤優氏「知恵と実用性に満ちた一冊」だと絶賛し、山口周氏「いま必要なのは『上流にある原因の根絶』だ」と評する話題の書だ。私たちは、上流で「ちょっと変えればいいだけ」のことをしていないために、毎日、下流で膨大な「ムダ作業」をくりかえしている。このような不毛な状況から抜け出すには、いったいどうすればいいのか? 話題の『上流思考』から、一部を特別掲載する。

「毎日忙しそうなのに成果が出ない人」の残念な盲点Photo: Adobe Stock

「本来はしなくてもいい作業」をしている

 2012年のこと、オンライン旅行会社エクスペディアの顧客エクスペリエンス部門責任者、ライアン・オニールが、コールセンターから上がってきたデータに目を通していた。

 その中に、あまりにも現実離れしていて信じがたいデータがあった。

 エクスペディアで旅行の予約を入れた顧客、つまりフライトやホテル、レンタカーを予約した顧客の100人につき58人が、予約後に問い合わせの電話をかけてきたというのだ。

 オンライン旅行サイトのいちばんのウリといえばもちろん、電話をかけずに自分でネット予約ができることだ。ちょっと想像してみてほしい。セルフ式のガソリンスタンドで、給油機の横の端末にクレジットカードを通すと、60%の確率で不具合が起こり、店の人を呼ぶ羽目になったら? それがエクスペディアの実態だった。

 同社のコールセンターは、効率化と顧客満足度向上を使命としていた。担当者は顧客をできるだけ早く満足させるための訓練を受けていた。顧客との通話時間を短くすれば、その分コストを抑えられる。

「うちが見ていた指標は、コストでした」とオニールは言う。「コストを削減できれば、使命も達成できるというわけです。『10分の通話を2分に短縮するにはどうしたらいいか』といつも考えていました。でも本当に考えるべき問題は、『なぜ2分なのか? そもそもなぜ通話が発生しているのか?』だったのです」

下流で、ただバタバタと対応している
──無意味な作業の「根本原因」を解決せよ

 問題にただ対応するだけの状態が続くと、「問題を防止できる」ことを忘れてしまう。オニールは、上司であるグローバル顧客対応部門上級副社長のタッカー・ムーディーにこの発見を報告し、根本的だが見逃されがちな問題をくわしく調べた──いったいなぜこんなに多くの顧客が電話をかけてくるのか。2人は顧客が電話をかけてきた主な理由をリストアップした。

 理由の第1位は何だったか? 「旅行の日程表がほしい」だった。2012年の1年間に、顧客は日程表をもらうために約2000万回も電話をかけてきていた。2000万回だ! フロリダ州の全住民が年に一度ずつエクスペディアに電話をかけてくるようなものだ。サポートのコストを1通話につき約5ドルとすると、これは「1億ドル級の問題」と言える。なぜ顧客はオンラインで自動的に日程表を受け取れなかったのか?

 とても単純な理由だった。メールアドレスを誤入力した、日程表のメールが迷惑メールのフォルダに振り分けられた、勧誘メールと勘違いして削除した、など。さらに困ったことに、ウェブサイトからは日程表をダウンロードすることができなかった。

 オニールとムーディーは当時のCEO、ダラ・コスロシャヒのところに調査結果を持っていった。「何か手を打つ必要があります」とオニールは訴えた。コスロシャヒは問い合わせ件数を減らす必要があるという訴えを、ただ受け入れただけでなく、顧客エクスペリエンス部門の最優先事項にした。

 さまざまな部門の担当者を「作戦司令室」に毎日集め、顧客が電話をかけずにすむようにするという単純な使命を与えた。

 作戦司令室は主な問い合わせ理由の解決策を考え、問題を次々と片づけていった。最大の理由だった日程表のリクエストについては、比較的早く対策が講じられた。

 たとえばコールセンターの音声応答システムに自動オプションを追加する(「日程表の再送をご希望の方は2を押してください」)、日程表のメールが迷惑メールのフィルターにかからないように工夫する、顧客がサイトから自分で日程表をダウンロードできるようにする、といった対策が取られた。

 いまでは、日程表がほしいという問い合わせはほとんどない。2000万回の通話がすっかりなくなったのだ。同じことが、2位から10位までの理由についても起こった。エクスペディアに問い合わせの電話をかける顧客の割合は、2012年の58%から、いまでは約15%にまで激減している。

原因が頭をかすめても無視してしまう

 問い合わせを減らそうとしたエクスペディアの取り組みは、上流介入の成功例だ。「下流」活動は問題が起こってから事後的に対応するのに対し、「上流」活動は問題を未然に防ごうとする。

 問題解決には、顧客からの問い合わせに答え、日程表が来ないという苦情に対処するという方法もあるが(下流活動)、顧客が日程表を確実に入手できるようにして、電話をかける必要をなくす方法もある(上流活動)。

 問題に事後対応するのではなく、問題がそもそも起こらない世界で暮らしたいのは誰もが望むことだが、なぜそれができないのだろう?

 エクスペディアの物語でとくに理解しがたいのは、なぜ行動を起こすのにあれだけ時間がかかったのかということだ。

 毎年2000万人もの顧客が日程表を求めて電話をかけてくる事態になるまで、なぜ問題を放っておいたのだろう? なぜもっと前に、たとえば問い合わせが700万件になった時点で、アラートが働かなかったのだろう?

 エクスペディアの経営陣は、問題を見過ごしていたわけではない。問い合わせ件数の多さには気づいていた。ただ、会社はこの気づきを組織的に無視するようにできていたのだ。

 エクスペディアはほとんどの会社と同じで、多くの部門に分かれ、それぞれが異なる目的を持っていた。

 営業部門は顧客をウェブサイトに呼び込み、製品部門は顧客が予約を完了できるよう誘導し、技術部門はウェブサイトを円滑に機能させ、顧客対応部門は問い合わせに迅速に対処して顧客満足度を高めるという目的をもって活動していた。

 だがそこには何かが欠けていた。顧客が問い合わせをせずにすむようにすることをめざす部門は一つもなかった。実際、顧客からの問い合わせ件数を減らしても、どの部門の得にもならなかった。問い合わせ件数はどの部門の業績評価基準でもなかったのだ。

 ある意味で、各部門の目的はむしろ電話を増やす結果になっていた。予約件数を増やそうとする製品部門にとっては、顧客にメールアドレスを一度だけ入力してもらうのが得策だった。二度も入力を求められたら、100人に1人はイライラして予約をやめてしまうかもしれない。

 だがもちろんそのせいで、アドレスを誤って入力した顧客は、日程表を手に入れるために後日電話をかける羽目になる。これは「システム」の欠陥だ。その顧客は本来電話をかける必要などなかったからだ。

 それなのに目的という観点から見れば、どちらの部門も成果を上げていた──製品部門は取引を成約させ、顧客対応部門は問い合わせに迅速に対応していた。

(本稿は『上流思考──「問題が起こる前」に解決する新しい問題解決の思考法』からの抜粋です)