メール、企画書、プレゼン資料、そしてオウンドメディアにSNS運用まで。この10年ほどの間、ビジネスパーソンにとっての「書く」機会は格段に増えています。書くことが苦手な人にとっては受難の時代ですが、その救世主となるような“教科書”が今年発売され、大きな話題を集めました。シリーズ世界累計900万部の超ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者であり、日本トッププロのライターである古賀史健氏が3年の年月をかけて書き上げた、『取材・執筆・推敲──書く人の教科書』(ダイヤモンド社)です。
本稿では、その全10章99項目の中から、「うまく文章が書けない」「なかなか伝わらない」「書いても読まれない」人が第一に学ぶべきポイントを、抜粋・再構成して紹介していきます。今回も前回に続き「文章のリズム」について。リズムある文章を生み出すための効果絶大の方法とは?(写真/兼下昌典)

『嫌われる勇気』著者が直伝! 音読と筆写で名文家の「リズム」を盗もう『取材・執筆・推敲』を教科書とする「バトンズ・ライティング・カレッジ」の講義風景

語尾と文末表現でリズムをつくる

 文章のリズムには、語尾と文末表現もおおきく関わってきます。

 語尾とは、簡単にいえば「です・ます調=敬体」と「だ・である調=常体」の違いであり、そこに体言止めの頻度や、敬体と常体の(技巧としての)混淆などが絡んできます。

 一般に、連続する文(もしくは近くにある文)で語尾が重複してしまうと、リズムを損ない、稚拙な印象を与えます。ただし、あえて同じ語尾を畳みかけるように反復し、手拍子にも似たリズムの創出を試みることもあります。たとえば、こんな文章です。

──旅だ。いまのわたしには、旅が必要なのだ。すべての仕事を投げ打って、狭苦しいこの日本から飛び出すのだ。そして遠い異国の安宿で、これまでの自分を振り返る。これからの自分を考える。そんなひとりきりの時間が、いまのわたしには必要なのだ。──

 同じ語尾を反復することで、韻を踏むのにも似た力強いリズムが生まれます。文章を読んでいるというよりも、スピーチを聴いているような心地よさが生まれます。一概に「重複禁止」とは言えないでしょう。

 また、敬体と常体の混淆も、ときとして効果的です。

 常体(だ・である調)で書かれた文章に敬体(です・ます)の語尾が混入すると、さすがに違和感が残る。しかし、その逆はありえます。

──仕事を、お金のためだと割り切って考える人たちがいます。仕事とプライベートとのあいだにしっかり線を引いて、なにごともプライベート中心で考え、仕事面での努力や成長を放棄する人たちです。でも、お金や生活のためだと割り切って取り組む仕事に、よろこびはあるのでしょうか? それで人生はゆたかなものになるのでしょうか? そんな人生など、たのしいはずがない。むしろ苦痛になるだけだ。わたしはそう考えます。プライベートの充実は大切ですが、日々の仕事がよろこびに満ちたものであってこそ、プライベートがゆたかになっていくのです。──

 強く断言する箇所で、敬体を外してみる。すると語り手の主張が強調され、読者に鮮烈な印象を与えることができます。逆に、すべての語尾を「です・ます」や「だ・である」で揃えると、いかにも単調でおもしろみのない文章になってしまう。重複禁止や文体の統一など、ルールはルールとして押さえながらも、そこに縛られない柔軟な発想を持ちましょう。

文末の歯切れの良さは「断定」にあり

 一方の文末表現は、「断定」と「推量」、そして「伝聞」を基本とします。念のため、それぞれ例文を挙げましょう。

断定……ビートルズは、史上最高のロックバンドである。
 (~です、~ます、~だ、~である、~でした、~だった、など)

推量……ビートルズは、史上最高のロックバンドと思われる。
 (~だろう、~のようだ、~でしょう、~と思われる、など)

伝聞……ビートルズは、史上最高のロックバンドだと言われている。
 (~だそうだ、~とされている、~だという、~と言われている、など)

 本来これはリズムと無関係な、事実認定に関わる話です。断定と推量と伝聞では、意味がまったく違います。誰かから聞いた話は伝聞のかたちでしか書けないし、自分でこしらえた話を伝聞調で書くのもおかしい。あるいは天気予報のキャスターも、「明日の東京は雨になるでしょう」「週末は全国的に穏やかな陽気に恵まれそうです」など、推量のことばを使う。明日の天気を断定(断言)することなど、誰にもできません。

 しかし、ことばの「歯切れのよさ」にすぐれているのは、圧倒的に断定です。

 書き手や話者が言い切ってくれること。モゴモゴと語尾を濁さないこと。自信を持って表明してくれること。そんな姿勢や態度の気持ちよさはもちろん、断定には「強調」の要素も加わります。推量や伝聞の文が続いたあとにビシッと断定・断言してくれると、そこがポイントなのだと理解できる。ちょうど、太めの強調フォントを使うようなものです。

 もちろん、不確かな情報を断定口調で語るのは禁物です。そしてあまり強い調子で断定・断言を重ねると、読者の反発を招きかねません。揚げ足を取られる可能性だって、おおいにあります。自分が自信を持って言えることしか断定・断言できないし、そのためには十分な取材と裏づけが必要であり、論理の構築が必要になってきます。

『嫌われる勇気』著者が直伝! 音読と筆写で名文家の「リズム」を盗もう古賀史健(こが・ふみたけ)
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年にライターとして独立。著書に『取材・執筆・推敲』のほか、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、以上ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社)など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など。編著書の累計部数は1300万部を超える。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして、「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。翌2015年、「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。2021年7月よりライターのための学校「バトンズ・ライティング・カレッジ」を開校。

音読も悪くないが、
ダントツなのは「好きな文章の筆写」

 さて、なにやら細かい話が続きましたが、大切なのはここからです。

 何度も書くように音楽的リズムとは、生理的な感覚です。「よさ」の基準は人それぞれで、「こう書けばリズムがよくなる」とは、なかなか言えません。

 しかもこれは、自習がむずかしい。音読はいちばんの自学習慣ではあるものの、自分の書いた文章についてわれわれは、自分の感覚に合わせて音読してしまいます。たとえば、読点の入っていないところにも適宜息継ぎのポイントを設け、心地よいリズムで読んでしまう。音読は、よほど客観的な目をもってやらないと、少なくともリズムの補正には役立たないのです。

 そこでおすすめしたいのが、「自分が気持ちいいと思う文章を筆写すること」。

 読むだけではなく、書き写す。コピー&ペーストするのではなく、ひと文字ずつ、正確に筆写していく。手書きが望ましいが、手打ち(タイピング)でもかまいません。とにかく書き写します。

文章を書き写して何を学ぶのか?

 これはよく誤解されるところですが、いくら名文を書き写したところで、筆力は向上しません。表現力が上がるわけでは、まったくない。三島由紀夫の文章を何十回書き写しても、三島由紀夫の精緻で流麗な文章は書けません。俗に言う「写経(本義は経典を書き写すことですが、文章トレーニングの現場では模範となる誰かの文章を書き写すことを指します)」によって表現力の向上を図ろうとする言説は、基本噓だと思っていいでしょう。

 しかし、書き写せばおそらく、読点の位置に驚いたり、語尾や文末表現のゆたかさに驚くでしょう。普段自分が書いている文章とはまったく違うリズムが、そこに宿っていることを知るでしょう。読点の位置ひとつで、文末の変化ひとつで、ここまで変わるものかと笑ってしまうかもしれません。そうやって「自分とはまったく異なるリズム」を発見し、自分の癖やリズムを再確認することが、筆写の効果なのです。

 しかも書き写しは、その過程に音読が含まれます。

 他人の文章を書き写していくとき、われわれはたとえ声に出さなくとも、あたまのなかで音読しながらその文章を追っていきます。読むだけ、コピー&ペーストするだけでは、音読のプロセスが入りません。

 文体が「その人固有の声」だとするなら、句読点は声に連動した「息継ぎ」です。筆写によって名文家たちの息継ぎポイントを知ることは、声の幅を広げることにつながります。むかしながらの凡庸なアドバイスに聞こえるかもしれませんが、効果は絶大です。自分が好きな文章を、書き写していきましょう。

(続く)