『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』が刊行された。アマゾン本社の経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支えてきた人物が、アマゾンの「経営・仕組み・働き方」について詳細に公開した初めての本として大きな話題になっている。
アマゾンで「ジェフの影」と呼ばれるCEO付きの参謀を務めたコリン・ブライアーと、バイスプレジデント、ディレクター等を長年担ったビル・カーが、「アマゾンの働き方を個人や企業が導入する方法」を解き明かした、画期的な一冊だ。
本稿では『アマゾンの最強の働き方』より特別に、ベゾスがCEOを務めていた際に、カスタマーサービスを体験したエピソードを紹介する。

アマゾン創業者が自分で「カスタマーサービス」をやってわかった事実Photo: Adobe Stock

ジェフ・ベゾスの「顧客対応」

 アマゾンには一定のレベル以上の社員に義務づけられる「カスタマーコネクション」という研修プログラムがある。運用の積み重ねとともに細かい点は変化したが、大枠は変わらない。

 2年に一度、社員は数日間、カスタマーサービス担当者になることが求められる。まず基本的なリフレッシュ研修を受け、顧客との電話のやり取りを傍聴し、メールやチャットに目を通し、それから実際に自分でも顧客と対話する。

 ツールや方針を学んだうえで、カスタマーサービス担当者の監督のもと、対応業務の一部(もしくは全部)を行うのだ(私がこの研修を受けたときは、アマゾンからの荷物を隣家の犬に食べられてしまったという電話を受けた。顧客は証拠として残っている部分をこちらに送ると言った)。

 この研修への参加はCEOのジェフも例外ではなかった。私が「ジェフの影」として働いていたときに研修期間がやって来たため、私たちは毎日1時間かけて、ワシントン州タコマにあるカスタマーサービスセンターに通った。

 ジェフは電話での対応が上手だったが、ときどき気前が良すぎることがあり、送料だけ返金すべきところを商品代金の全額を返金してしまうこともあった。

現場は問題を知っている

 研修の初日に、カスタマーサービス担当者の電話対応を何件か聞いた。ある電話は、屋外で使う家具が破損した状態で届いたという苦情だった。スタッフは商品番号を訊いた。顧客が番号を調べている間、スタッフは電話のマイクをミュートにすると、「きっとこのガーデンチェアのことですよ」と言って、アマゾンのウェブサイトにある商品を指さした。

 顧客が納品書の番号を読み上げると、確かにスタッフが予想した商品だった。ジェフと私は驚いて眉を上げたが、電話の邪魔をしないように黙っていた。

 問題が解決して電話が終わると、ジェフは「どうして顧客がこの商品のことを言うとわかったんだい?」と訊いた。スタッフは、この新商品への苦情がすごく多いのだと答えた。梱包が不十分なので、運送中にたびたび破損したり傷ついたりするからだという。

 ジェフはその少し前に、トヨタがどのように品質管理と継続的な改善に取り組んでいるかを学んでいた。同社が導入している手法の1つが「アンドン」〔行灯に由来する〕というシステムだ。

 自動車工場では、自動車が組み立てラインの上を流れる。組み立て中の自動車が自分の前に来たら、作業員は部品を取り付けるなど、所定の作業を行う。作業員は品質上の問題に気づくと、ライン全体を停止できるコードを引っ張ることが認められている。するとスペシャリストのチームが、コードが引かれた場所に集まって問題を解決し、再発防止の対策を講じる。

 このとき、アマゾンも同じような状況に直面していたわけだが、アンドン・コードはなかった。スタッフは問題に気づいていたが、プロセスを改善する手段がなかったのだ。できることといえば、対処案を提示して謝罪し、新しい商品を届けることくらいだった。

 アマゾンにも、返品率の高い商品やカスタマーサービスへの問い合わせを含め、各部門のマネジャーが月々のパフォーマンスを監視する仕組みは整っていた。そこでこの問題もいずれは明らかになり、解決されるはずだ。だが、それには何週間も要するうえに、それまでに多数の顧客を失望させるのは目に見えていた。

「仕組み」で解決する

 私たちは次の電話がかかってくるまでの間、この問題について考えた。ジェフが「カスタマーサービスにもアンドン・コードが必要だ」と言った。

 停止すべき生産ラインこそないが、コールセンターのスタッフに、管理画面に表示される「ビッグレッドボタン」と呼ばれるものを押す権限を与えるのだ。そのボタンを押すと、2つのことが起きる。

「カートに入れる」と「ワンクリック注文」のボタンが商品ページから消え、顧客がその商品を買えなくなる。そして部門マネジャーには、その商品が不具合調査中であり、解決されるまで購入できないと、ただちに通知される。

 ジェフのこのアイデアを導入するにはしばらく時間がかかった。

「カートに入れる」と「ワンクリック注文」のボタンを隠し、社内のしかるべきチームに通知するシステムを開発しなければならず、カスタマーサービス担当者にボタンをいつ押すべきかを指導する必要もあったからだ。何と言っても、リテール事業の健全な経営のためには商品の安定供給が重要で、ボタンが押されすぎても困ったことになる。

 しかしそれは杞憂で、担当者が過剰にボタンを押すことはなかった。

 アマゾン版アンドン・コードは、第一線で顧客と向き合うスタッフをエンパワーした。ビッグレッドボタンのおかげで、深刻な問題は1件の苦情によってただちに表面化するようになった。すぐれた判断力を持った社員に問題解決のための適切なツールが与えられたときの効果が証明されたのだ。ビッグレッドボタンはいまもアマゾンで広く用いられている。

(本原稿は『アマゾンの最強の働き方』からの抜粋です)