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「大岡越前」も苦しんだ肛門の病気…「いぼ痔」になりやすい人の5つの生活習慣Photo: Adobe Stock

「大岡越前」の大いなる悩み

 大岡忠相といえば、誰もがよく知る江戸時代の幕臣である。徳川吉宗が行った享保の改革には町奉行として携わり、さまざまな都市政策を実現した。

 現代では、時代劇「大岡越前」を通して、その活躍が長らく日本国民に愛されてきた。多くは創作とされるが、彼の公明正大で人情味あふれる裁決は、「大岡裁き」として広く知られている。

 さて、そんな名奉行、大岡忠相は、ある病に悩まされたことがある。

「痔」である。

「大岡越前守忠相日記」によれば、寛保3年(1743年)1月15日、大岡は痔から出血し、2日後に控えた公用の行事に参加できない旨を行事の責任者に伝えたという。翌日にも大岡は、「ことのほかのぼせが強く、目がまわるので」と貧血を疑わせる症状を訴え、結局行事は中止となった。

「大岡越前守忠相日記」は、大岡が元文2年(1737年)から15年に渡ってつづった公務日誌だが、痔を理由に仕事を休んだ旨が記載されたのは、この時だけであった。よほど症状が強かったのだろう。

 実は「痔」というのは、三つの異なる病気をまとめた俗称である。

 その三つとは、「いぼ痔」「切れ痔」「あな痔」である。むろん、これらも俗称で、正確にはそれぞれを「痔核」「裂肛」「痔瘻」という。

「三兄弟」ではない

 これらを、いわば「三兄弟」のごとく扱うのは誤解のもとでもある。「肛門に起こる」という共通点を除けば、全く別の疾患だからである。当然ながら、原因も異なれば、治療法も違うのだ。

 とはいえ、肛門に起こる病気の85%は、この三大疾患である。いずれも、肛門疾患の中で特に頻度が高いのは事実だ。

 さて、では大岡忠相は一体、どの「痔」で苦しんだのだろうか。

 詳細ははっきり分からないが、出血が多くて苦しんだ、という経緯からは、「いぼ痔」すなわち「痔核」であろうと推測される。

 出血は、痔核の最たる症状だからだ。

 実際、「痔」というと、多くの人が思い浮かべるのは「痔核」だろう。

「痔核」は多くの人がかかる病気で、肛門の病気の60%は痔核である。また、日本での大腸カメラによる健診のデータによれば、6.3%の人が痔核を持っていたとされる。これを読む方の中にも、「痔主(じぬし)」を自称する人は多いはずだ(かくいう私もかつては「痔主」であったが、今は治療済である)。

 では、どのような人が痔核になりやすいのだろうか。

 主な痔核のリスクは、「排便習慣」と「生活習慣」にある。

 ・排便時に強くいきむ
 ・トイレに長時間座る
 ・野菜の摂取が少ない
 ・重いものを扱う職業
 ・長時間座りっぱなしの職業

 といったことが、よく知られた痔核のリスクである。

 したがって、痔核の予防と治療には、まず生活の改善が重要になる。つまり、長時間座ることや、便の我慢、長時間の排便、いきみを避け、十分な水分と食物繊維の摂取が勧められる。

 また、塗り薬、飲み薬を用いた内科的な治療に加え、場合によっては手術を検討するケースもある。治療について相談すべき相手は、肛門疾患の専門家、すなわち肛門科である。

 肛門は精密機械のような臓器で、その治療は専門性が高い。一般的な外科を受診する場合、肛門疾患を専門的に診療するところ(肛門科を含む施設)と、そうでないところがあるため、注意を要する。

 肛門疾患のみならず、総じて医療は細分化が進み、専門性が細かく分かれてきた。一般には、その役割分担がかえって分かりにくく、不便な側面もあるかもしれない。

 だが、このおかげで大岡忠相の時代より遥かに質の高い治療が提供できるようになったのも、重要な事実である。

【参考文献】
『肛門疾患診療ガイドライン2014年版』南江堂
『江戸幕府と情報管理(原典講読セミナー)』国文学研究資料館
『徳川吉宗とその時代』大石慎三郎著 中公文庫

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)