「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした本が『武器としての組織心理学』だ。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊である。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。好評連載のバックナンバーはこちらから。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

 ここまでの話で見てきたように、不満とは、その人が物事に真剣に取り組むからこそ生じるもので、私たちを主体的に考えさせ、行動するように仕向ける機能を持つものと捉えることができます。

 こう考えると、むしろ健全な組織であればそこに葛藤はつきもので、歓迎すべきものだと考えた方がよくなります。

 葛藤そのものが悪いのではなく、その取り扱い方が問題になるということです。

 では、部下たちから生じてしまった不満という、一見ネガティブな事象をどうやってポジティブな組織運営に転換させていくか。その転換させる部分が鍵を握ります。

 ここで整理しておきます。そもそも仕事上の不満(とりわけ改善要求やネガティブな情報)について、部下がなぜ上司に直接話しに行かないのかと言えば、それはリスクがあるからです。

・自分に対する上司の覚えが悪くなる
・「じゃあ、君が策を具体的に練ってみてくれ」と、新たな仕事が振られたりする

 といったリスクです。つまり、これらのリスクを引き受けてでも、モノを言おうとさせる条件を整えていく必要があります。

言われたこと以外は「手を出したくない」社員の心理

 例えば、手がけた仕事で成果を挙げたときには、しっかりと基準にもとづいて適切に評価されるというのはどうでしょう。そうでなければ、

「耳障りな情報を、わざわざ(悪い印象を持たれてまで)自分が伝えなくてもいいはず」
「煩わしいことに巻き込まれないように、何とかやり過ごせればいい」
「新たな仕事を請け負っても、まっとうに評価されたためしがない」

 と考えた瞬間から、部下の側では上司とのかかわりにブレーキがかかるからです。これでは、仕事の質を十分に高めることができません。上司、部下ともに、タスク志向の意識を高める環境やかかわりが必要でしょう。

 あるいは、比較的短い期間でのつき合いで済む、異動があるということなら少しは発言できそうでしょうか。大抵、しぶしぶ従い、物申せない状態にある人は、

「この指示を断ったら、上司の機嫌を損ねるだろうな」
「この後もまだまだ、この上司のもとで働かなければならないのに、やりたい仕事も回してもらえず、査定に響こうもんなら厄介だ」

 と、今後の仕事やかかわりを想定しているものです。上司との関係が長期にわたると予想されるのであれば、なおさらです。

年功序列の組織が抱える弱点

 評価基準が、仕事の成果・成績よりも勤続年数・社歴や年齢に基づいていて、長期的な上司と部下の関係性を保証しているのが、年功序列の人事制度です。

 年功序列の制度は、雇用が安定しているため、愛社精神を育み、チームワークを高める環境・風土を醸成するなどのメリットがあります。

 ただ、不満を持ったとき、このような年功序列の会社で過ごす部下は、できるだけ事を荒立てることなくやり過ごしたいと考えるかもしれません。

 そのような場合は、部下には自分の上司がどんなタイプなのかを見極めて、対応する処世術が必要です。

 上司と同じ仕事観や志向性を持っているときには、直接話してみようとするけれど、これらが異なっている上司には、発言しないでおくのが最善策だ、といったようにです。

 一方、成果主義や実績主義では、上司の個人的な好き嫌いの感情ではなく、仕事の成果や成績によって待遇が決められますから、上司がどんなタイプか見極めることにそれほど多くの労力をかけなくてもいいでしょう。

 成果を出すために伝えるべきことは十分に伝えるという発想が生まれやすいはずです。

 仮に言い損じたり、何かしでかしたりしても、成果・成績を出せば救われる可能性があるからです。

 しかも、評価によってはお互いに異動や転職もあり得る話ですから、年功序列に比べれば相対的に短期的な関係性を暗黙裡に前提としていると言えるでしょう。

 社会人に対するアンケート調査の結果によれば、年功序列の会社よりも、成果主義や実績主義の会社の方が、上司と部下の関係性にかかわりなく上司への発言・議論が行われる傾向にありました。[1]

 つまり、しがらみの薄い環境下では、個人の建設的な行動や組織の浄化、発展が促されるということです。

 このように組織の人事制度(の機能)を知って、環境の力でマネジメントしていくことも重要でしょう。

脚注:[1]山浦一保・浦 光博(2006). 不満生起事態における部下の議論統合的対処の促進要因に関する検討. 社会心理学研究, 21(3), 201-212.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)