「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実

ジェフ・ベゾス自身の言葉による初めての本『Invent & Wander』が刊行された。100万部ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』などで知られるウォルター・アイザックソンが序文を書き、翻訳も100万部超『FACTFULNESS』などの関美和氏が務める大型話題作だ。
アマゾンはサイトとしてだけでなく、キンドル、プライム・ビデオ、AWSなど、わずか20年少しの間に革命的なヒットサービスを次々と生み出し、世界のあり方を大きく変えた。そんなベゾスの考え方、行動原則とは? 自身もベンチャーキャピタル事業で活躍する関美和氏に、話題の『Invent & Wander』について詳しく聞いた(構成:イイダテツヤ、撮影:疋田千里)。
>>>前回記事「『まあまあ優秀な人』と『ズバ抜けて優秀な人』の根本的な違い」はコチラ

大事なのは「どれだけの努力が必要か」を知ること

──ベゾスは会社を成長させるためには、個々人が「高い基準を求める」ことが大事だと語っています。この「高い基準」に到達するためには、何が必要だと彼は考えているのでしょうか。

関美和(以下、関):それについて彼は2つの視点をもっています。

 まずは、その領域で「高基準」とされるものが何かを知ること。

 次に、そこに到達するために、どのくらい大変か、どれほどの努力が必要かをきちんと理解することです。

①「高い基準とはどんなものか」を知る
②「高い基準に達するにはどれだけの努力が必要か」を理解する

 その分野で「高い基準」とはどういうものなのか、それを知らないことには、高い基準に到達しようがありません。高い基準を持った人間に囲まれていたら、それがどんなものかは自ずとわかるので、会社において「高い基準が隅々にまで浸透していることが大事」だと語っています。

「高い基準に達するにはどれだけの努力が必要か」を理解する、ということについては、本書のなかでベゾスは、友人が「きれいで、完璧な逆立ちをしたい」と思い立ち、練習をするエピソードを紹介しています。

 その際、友人が「逆立ちのコーチ」から言われたという言葉がとても印象的なんです。

「逆立ちなんて、頑張れば2週間くらいでできるようになるはずだと思っている人がほとんだ。でも実際は、半年間毎日練習をしないとできるようにならない。もし2週間でできるようになると思ってはじめたら、途中であきらめることになる」(『Invent & Wander』

 まさに「到達のために、どれほどの努力が必要かを理解する」重要性を語ったものです。

 こうしたコーチの言葉を引用しつつ、ベゾス自身も「現実的でない甘い考えは高い基準を殺してしまう」と語っています。

 自分自身においても、もちろん組織やチームにおいても、高い基準とはどういうものかを知ることは大事です。でも、それだけではダメで、「そのためにどのくらいの努力が必要か」を理解することがとても大事なんですね。

「英語ができない」と嘆く人がわかっていない現実

──関さん自身も同じように感じることはありますか。

:私の場合は、英語を教えていて、それをものすごく感じます。

 多くの学生が、英語がペラペラになりたくて、「どうしたら、ペラペラになれますか」と聞いてきます。そんなとき私は、「(きちんと話すには語彙が必要なので)1日2時間ほど英語の書籍や記事を読むことを20年くらい続けたら普通に話せるようになるかもしれません」って言うんですね。そうすると相手はがっかりします。

 でも、現実にそうなんです。

 私も多少は英語ができますけど、ペラペラではないですし、翻訳者になって10年以上経って、たくさんの本を翻訳してきましたが、英語を読むスピードはまだまだ日本語より遅いです。

 読み書きができても話せないという人がよくいますが、たいてい読めていないか、すごく遅いです。英語の読み書きが日本語と同じスピードでできるようになれば、きちんと話せるようにもなります。「ペラペラになる」というのは、本当に毎日集中して2時間やって20年以上かかるレベルだと思います。

 とはいえ「英語がペラペラになりたい」という人にそういうことを言うと、たいてい誰もやらないですよね。20年というのはそう簡単に続く時間ではない。

──でも「その水準を目指す」というのは「それだけの努力の積み重ねの果てに到達することなんだ」と理解しておくことが大事なんですね。

:そうなんです。大学に入ったばかりの人たちに「18歳で始めて38歳になったとき、本当に英語がペラペラだったらスゴイと思わない?」とよく私は言っていて、みんな「そうですね」とは言うんですけど(笑)。

「いい文書」を書くために必要なこと

 ベゾスが言うように「到達するための努力の量」を理解しておくことは本当に重要です。

 アマゾンではプレゼンの際、パワーポイントやその他のスライド資料は使わず、6ページの「ナラティブ(叙述)形式の文書」を書くことになっているんですが、この文書にも「秀逸な文書」と「月並みな文書」があるとベゾスは言います。

 そして、これについても、ベゾスは「どのくらい努力したら高い基準に達するかがわかっているかどうか」が差を分けると語っています。

 質の高い6ページの文書を書こうと思えば、本来なら1週間かそれ以上はかかるはずなのに、1日か2日、もしかしたら数時間で書き上げられると勘違いしている。(『Invent & Wander』

 だから高い基準に達しない、そんなふうにベゾスは分析しています。

 これは本当に鋭い指摘で、「このくらいの努力が必要だ」と理解していないから、そのレベルに達しない。そういうことは本当に多いと感じます。

 ベゾスは続けてこう言っています。

 何が言いたいのかというと、どの程度の努力が必要かを教えるだけで、結果がよくなるということです。つまり、秀逸な文書を書くには、最低1週間かそれ以上かかることを教えてあげればよいのです。(『Invent & Wander』

「どうしたら秀逸な文章が書けるようになるか」ではなく、「どのくらいの努力が必要か」を知ることが大事。

 さまざまな場面に当てはまることだと思います。

【大好評連載】
第1回「まあまあ優秀な人」と「ズバ抜けて優秀な人」の根本的な違い
第2回「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実
第3回「会社にほしい人、そうでもない人」ベゾスが明かす1つの差
第4回「部下を無意識につぶしてしまう上司」のNG口癖
第5回 ベゾスの人生を変えた「異次元の天才」の衝撃の一言
第6回 伝説の「1997年のベゾスの手紙」の内容が不思議な訳

「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実関美和(せき・みわ)
翻訳家。MPower Partners Fundゼネラル・パートナー
慶應義塾大学文学部・法学部卒業。電通、スミス・バーニー勤務の後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。また、アジア女子大学(バングラデシュ)支援財団の理事も務めている。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)、『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)など。最新訳書『Invent & Wander ジェフ・ベゾスCollected Writings』(ダイヤモンド社)が「朝日新聞」書評(1/22付)で絶賛されるなど、メディアで大きな話題になっている。
「英語ができない」と嘆く人が知らない厳しい現実