重要な政治決定の裏側には、スパイが絡んでいる。かつての国際的な危機や紛争、国家元首の動きもすべてお見通しだった。それは単なる偶然ではない。政治指導者の力でもない。さまざまな情報を分析したスパイたちのおかげだった。イギリスの“スパイの親玉”だったともいえる人物が、『イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ――残酷な時代を乗り切る10のレッスン』を著した。スパイがどのように情報を収集し、分析し、活用しているのか? そのテクニックをかつての実例を深堀りしながら「10のレッスン」として解説している。マネジメントを含めた大所高所の視点を持ち合わせている点も魅力だ。本書から、その一部を特別公開する。

【イギリスの元スパイが説く】<br />どんな状況の予測にも使える考え方とは?Photo: Adobe Stock

予測を確率として表す

残念ながら、情報分析官が次に何が起こるかを、確信を持って警告できることはめったにない。予測には「注意事項」と「仮定」が追記されることがほとんどだ。

将来の出来事について判断をするときは「信用度」を示し、それは「確率」として表す。ただし、サイコロやルーレットのような賭け事の確率とは違う。

賭け事の確率は、どの数字がどのくらいの頻度で出るかをデータとして推定する。サイコロを振れば、次に6が出る確率は6分の1であり、それを受け入れたうえで賭け事をする。これは「頻度論」による確率の解釈だ。

同じように、私たちは情報分析官が合理的に受け入れた確率が正しいと考える。それは彼らが自らの判断を信用する度合いである。もちろん、情報分析官の確率は主観的解釈による。

情報分析官は、政党の世論調査のように、予測される結果とその確率を結びつけるのを好む。たとえば、アメリカの情報機関を統括する国家情報官室(DNI)のダン・コーツは、上院情報委員会に提出した世界の脅威評価において、ロシア・中国・イランなどは「2020年のアメリカ大統領選挙をおそらく自国の影響力を拡大する機会として見ている」と予測した。この「おそらく」は55~70%の確率を意味していると考えられ、分析にとって正しいと判断できる確率である。

70%を超える確率は、ブックメーカー(賭け屋)のオッズでは2倍に当たる。予測が外部的事象に大きく依存するのであれば、評価書を読む人がそれを理解できるよう、たいがい「仮定」として表現される。「可能性は低い」「可能性がある」などの語の使用は、情報分析官によって標準化されたものだ。

イギリスの尺度は、内閣府の主任情報分析官(PHIA)によって決められ、法執行機関に対するものも含め、イギリスの情報コミュニティで使われている。表で示す尺度の例は、英国家犯罪対策庁(NCA)による毎年の国家の戦略的評価のものだ。

どんな状況の予測にも使える考え方

国家の戦略的評価では、評価によって異なる脅威やテーマ間の一貫性を確保するため、「確率の尺度」(英内閣府の主任情報分析官〈PHIA〉が定義したもの)が使用されている。それぞれの言葉は、次の表のような確率の度合いを示している。

【イギリスの元スパイが説く】<br />どんな状況の予測にも使える考え方とは?

アメリカの情報コミュニティにも、同様のものが用意されている。次の表の1行目が「日常言語」、2行目が「確率言語」、3行目が「信頼性の度合い」である。

【イギリスの元スパイが説く】<br />どんな状況の予測にも使える考え方とは?

イギリスの尺度はアメリカと異なり、確率の範囲の間にギャップがある。それは、判断が「20%前後」といったときにどの用語を使うかという、アメリカの尺度に起こりそうな問題を回避するためだ。そうでなければ、2人の情報分析官が「可能性はほとんどない」のか「可能性は低い」のかをめぐって、(筋は通っているものの)無駄な議論をしなければならないことにもなる。だが、確率の範囲にギャップがあれば、そうした問題を未然に防げる。

問題は、判断がギャップの範囲にあったらどうするかだ。情報分析官が自信を持って「75~80%の確率」と言えるなら、それでかまわない。尺度は指針であり最低限の基準なので、可能ならより具体的な判断をしてもいい。根拠がないのに厳密な評価をしないようにするためには、5~10%の単位で考えるのが合理的だろう。

この考え方はどんな状況の予測にも使える。自由度があり適用範囲が広く、意思決定とその伝達にこのうえなく役立つからだ。5分の1の確率で大雨が降る可能性があるときは、「可能性はあまりない」と言ってみるといい。リスクが小さいことがわかれば、傘をどうするか悩む必要はない。

一方、インフルエンザから快復したばかりなら、雨に濡れて熱を出してしまうというリスクを冒す価値はない。これは確率と結果の評価をかけ合わせることによって、結果の期待値を検証する一例だ。

デビッド・オマンド(David Omand)
英ケンブリッジ大学を卒業後、国内外の情報収集・暗号解読を担う諜報機関であるイギリスの政府通信本部(GCHQ)に勤務、国防省を経て、GCHQ長官、内務省事務次官を務める。内閣府では事務次官や首相に助言する初代内閣安全保障・情報調整官(日本の内閣危機管理監に相当)、情報機関を監督する合同情報委員会(JIC)の委員・議長の要職を歴任したスパイマスター。『イギリス諜報機関の元スパイが教える 最強の知的武装術 ――残酷な時代を乗り切る10のレッスン』を刊行。