「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

元外交官が教える「人種差別が少ない中南米」の民族分布Photo: Adobe Stock

「人種差別」が少ない中南米

「アステカ王国の民族は、主にナワ族だ」
「ケチュア民族こそインカ帝国の末裔だ」

 中南米の民族を知ろうとする時、このように個別の先住民族について詳しく調べることは、あまり意味があるとは思えません。

 もちろんそれらの民族の子孫もいますが、中南米は500年以上をかけて非常に混血が進んでいます。

 その影響で、世界史の教科書にも書いてあるように「人種差別が比較的少ない」とされています。

 中南米全体として、宗教はキリスト教カトリック。スペイン系との混血であるメスティーソはもちろんのこと、先住民が多いペルーやボリビアもスペインによって改宗した結果、ほぼカトリックの国です。

 言語はスペイン語が多く、ブラジルはポルトガル語、植民地時代の支配国がイギリス、フランスだった場合は英語やフランス語が入っています。

 このように宗教・言語では共通点が多い中南米ですが、白人が多いのか、白人と先住民の子孫であるメスティーソが多いのか、あるいは黒人系が多いのかで文化の違いが生まれています。

 そのような人種的な割合や混血の状況が中南米の人々のいわば“民族的特徴”となっているというわけです。

 近著『ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門』の執筆のために私が議論したスペイン・中南米の研究者・専門家に共通する意見は、「国による人種の傾向を押さえることが、中南米の理解に役立つ」というものなので、簡単にまとめておきましょう。

 メスティーソが多い国は、パラグアイ、チリ、コロンビア、ベネズエラ。大きなところでいうと、メキシコも当てはまります。

 白人が多いのが、アルゼンチンとウルグアイ。先住民が多いのはボリビア、ペルーで、特にボリビアは今でも先住民系の政治家が権力の中枢にいます。

 先住民で初めてボリビア大統領となった第80代モラレスは、顔立ちからして先住民の面影が強くあり、服装も先住民の伝統衣装。

 グローバル企業を批判し、「ボリビアの伝統」としてコカ栽培を推進するなど、政治的な姿勢も先住民を意識していました。

 モラレスは4期にわたって政権を握りましたが、アメリカなどの批判を受けたことで失脚しました。現在の大統領は彼が「後継者」と認めるルイス・アルセです。

 ペルーにも先住民が多く、影響力を持つ有力者もいます。彼らはいわば騙し討ちにあって滅びたインカ帝国の子孫。それだけに先住民としてのアイデンティティも大切にしています。

 ボリビアやペルーほどでないにせよ、グアテマラも先住民が多く、メキシコも数は少ないながら先住民もいる国です。

 黒人が多い国は主にカリブ海。これは西洋人が持ち込んだ疫病などで先住民が多数死亡したために、穴埋めとしてアフリカから黒人が奴隷として強制連行されたことが原因です。

 アメリカの南部に綿花の大規模農園があったように、このエリアは砂糖農業が盛んでプランテーションがありました。現在もアフリカの黒人の子孫が住んでいます。

 大坂なおみ選手の父親の出身であるハイチ、ハリス副大統領の父やウサイン・ボルトの出身であるジャマイカ。バハマ、ドミニカ、バルバドスも黒人が多くいます。南アメリカ大陸の北のほうも黒人が多く住んでいます。

 もっとも、これらの分類は、大まかなもので、各国内でもそれぞれの個人の立ち位置や考え方はさまざまです。

 2021年7月3日の英エコノミスト誌では、「中南米でアイデンティティ問題が再燃」という記事が出ていました。

 メキシコでは、マヤ文明に対して謝罪がなされた一方で、アルゼンチンでは大統領が、「我々は(原住民ではなく)ヨーロッパからきた」と話して反発を買うなど、民族・人種問題にかかわる議論が尽きないという要旨でした。

 人種差別が少ないといわれる中南米であっても、このように今でもさまざまな議論が行われているのです。世界を知るためには、やはり「民族」は避けて通れないトピックであるといえるでしょう。