アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか

アマゾンの経営中枢でCEOジェフ・ベゾスを支えてきた人物が、アマゾンの「経営・仕組み・働き方」について公開した初めての本『アマゾンの最強の働き方──Working Backwards』が刊行された。
同書では、アマゾンで「ジェフの影」と呼ばれるCEO付きの参謀を務めたコリン・ブライアーと、バイスプレジデント、ディレクター等を長年担ったビル・カーが、「アマゾンの働き方を個人や企業が導入する方法」を解き明かしている。
そこで、
同書を監訳したCustomerPerspective代表取締役、紣川謙(かせがわ・けん)氏と担当編集の三浦岳氏に話を聞いた。紣川氏は元アマゾンジャパンで、バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任、同書のカギとなる「ワーキング・バックワーズ」の考え方・取り組みを推進した。今回は同書で書かれているアマゾンの人材採用を取り上げる。(取材・構成:イイダテツヤ)

採用のたびにバーを上げる

──『アマゾンの最強の働き方』では、採用の仕組みについても1章を割いて書かれています。一般的な企業とはどんなところが違うのでしょうか?

三浦岳(以下、三浦)『アマゾンの最強の働き方』によると、アマゾンの採用のプロセスは、①職務記述書、②履歴書の精査、③電話インタビュー、④面接ループ、⑤文書によるフィードバック、⑥採用会議、⑦入社を促すオファーという流れです。

「職務記述書」というのはアメリカでは一般的なようですが、どんな職務につく人を募集しているかの詳細です。といっても、日本企業の募集要項のようなざっくりしたものではなく、そのポストや職務内容を細かく書いたもので、アマゾンでは「具体的で的を絞ったものでなければならない」と本書でも強調されています。

 また、「電話インタビュー」というのは、電話による1時間ほどの会話で、それを通過したら「面接ループ」で、5~7時間ほどもかけて、担当を変えて何度も面接を行います。

 その後は、それぞれの面接担当者が文書でフィードバックを提出し、それをもとに「採用会議」を行なって、内定者を決めるというかたちです。

 さらに、そうしたプロセスのすべてに、「バー・レイザー」という役割の人が入るのが特徴的です。これは文字通り「バー(水準)を上げる人」という意味で、本書では下記のよう書かれています。

 バー・レイザーという名称には、採用に関わる社員全員に対し、新規採用のたびに「バーを上げよ」というメッセージがこめられている。新規採用者はすでにいる社員よりも少なくとも1つ(できれば多く)の重要な点で秀でていなくてはならないという意味である。採用のたびにバーをあげれば、チームは力強さを増し、さらに高い成果を上げられるようになっていく。『アマゾンの最強の働き方』より)

 バー・レイザーは、採用プロセスについて特別な訓練を受けた人たちで、採用の水準を下げないために、採用のすべてのプロセスに立ち合います。

 現場がいくら人手不足で焦っていても、このバー・レイザーが拙速な採用を防いで、バーを超えた人たちだけに内定を出す仕組みだということです。

必要な人の「要件」を定義する

──本書で挙げられている採用のステップを日本企業が参考にするとしたら、紣川さんが特に大事だと感じられるプロセスはどこですか?

紣川謙(以下、紣川):「日本の企業が参考にすることで特に効果が出そう」という観点で考えると、まずは「職務記述書」ですね。

 職務記述書は「仕事の内容と、求めている人材の要件を定義した文書」です。募集時に公開するものなので、優秀な人材を引きつけるためのマーケティング手段でもあります。

 人を採用する上でとても大事な文書ですが、この職務記述書がしっかりしていない企業はとても多いと感じます。

 職務記述書では、「こういう仕事で、こういう人がほしい」と明確化して文書にするわけです。この「明確化する仕組み」がとても重要だと思っています。

 もし職務記述書が曖昧だと「どういう仕事で、どんな人がほしいのか」がはっきりしないまま採用活動をすることになります。どこを評価すればいいのか曖昧なまま採用のプロセスが進む。応募した候補者にとっても「話を聞いてみたら募集広告とは違う仕事内容だった」という結果になりかねません。

「どんな人がほしいのか」という基準が明確になっていないと、主観的な判断や、好き嫌いで採用してしまうことも起こり得ます。

──採用のバーを上げる担当者を置く「バー・レイザー方式」は、日本の企業にも参考になるでしょうか。

紣川:採用の水準を全社的に高める仕組みとして、バー・レイザー方式には日本の企業に参考になる要素がたくさんあります。

 多くの企業では採用するポジションに近い人から面接をして、最後にそのポジションにかかわる最も上席である人が面接をします。最終の判断はその上席に委ねられている例がほとんどです。

 このプロセスの大きな課題は、上席によって採用の水準が左右されてしまうことです。

 もう一つの課題は、採用側はいますぐにでも人材がほしいので、ときとして妥協してしまうことにあります。ポジションにかかわる上席以外の人により、採用の質が担保される仕組みがあれば、日本企業も採用の質を上げていくことができるはずです。

文書で「明確な判断」を共有する

──採用の質を上げるために、ほかにはどんなことができるでしょうか?

紣川本書で挙げられているプロセスで言うと、面接担当者が「文書によるフィードバック」を採用に関わった人たちと共有する仕組みが参考になります。

三浦本書では下記のように説明されています。

 文書によるフィードバックには、候補者の採用についての賛否も表明する。選択肢は次の4つのみだ。ぜひ採用したい、採用したほうがよい、採用しないほうがよい、採用すべきでない。「判断保留」という選択肢はない。どっちつかずや条件つき、補足説明も認められていない。『アマゾンの最強の働き方』より)

 面接担当者は、具体的に応募者の評価を書いて、ぜひ採用したい、採用しないほうがよい、という結論まで書き込まなくてはいけない。

紣川:プロセスのすべてがひとつの仕組みを構成しています。まずは職務記述書で「どんな人がほしいのか」と人材の要件を明確にすることから始まります。それがあるからこそ、「なぜ、この人を採用するのか」「なぜ、採用しないのか」を明確に文書でフィードバックすることができるわけです。

 この「職務記述書」と「文書によるフィードバック」はいろいろな企業で取り入れやすく、採用の質の向上につながると考えます。

「それでは誰も取れない……」というときは?

──あまりバーを厳しくすると、誰も取れなくなってしまうという企業もありそうです。なかなかいい人が応募してくれなかったり、求人が売り手市場だったり。そういう状況のときは、どう考えればよいでしょうか?

紣川:たしかにバーを厳しくすれば、それだけ採用するのは難しくなります。そのバーを超えられる人は少なくなっていくわけです。

 本書でも、バー・レイザー方式を取り入れた当初は「目標の期限までに人材を確保できないケースが後を絶たなかった」ため、社内でも「かなりの抵抗があった」と書かれています。

 水準は高くすればいいというわけではありません。その企業にあった、明確で客観的な基準をつくればよいのです。目的はその仕事で力を発揮できる優秀な人を採用することです。そうだとすれば、客観的な基準の要素は能力・行動・経験やスキル。これらは点数で評価できるものではないので、評価する人の能力も重要になります。

 ジェフ・ベゾスが、株主向けに毎年出している手紙の中で次のように言っています。

 社員には5年後のアマゾンの姿を思い浮かべてほしいと伝えています。5年後に、私たち一人ひとりがまわりを見回してこう言えるようにならなければなりません。「いまはものすごく高いレベルを求められているな……。あのときに入社していてよかった!」と。(1998年度の株主向けの手紙より。出典『Invent & Wander──ジェフ・ベゾス Collected Writings』

 社員に対して、5年後のアマゾンの姿を思い浮かべてほしいとジェフ・ベゾスは言っていますが、どんな企業にも役に立つ考え方です。将来を見据えて少しずつ自分たちの水準を上げていくことで、企業は成長していけるはずです。

【大好評連載】
第1回 アマゾンの「パワポ禁止」は日本企業でも有効なのか
第2回「全員がリーダー」アマゾンのように社員は行動できるか
第3回 アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか
第4回「顧客体験からスタート」アマゾンのように日本企業もこだわれるか

アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか紣川謙(かせがわ・けん)
デジタル戦略・マーケティングコンサルタント。株式会社CustomerPerspective代表取締役。武蔵野大学データサイエンス学部客員教授。2007年から11年間アマゾンジャパンに在籍、経営メンバーを務める。バイスプレジデントとしてコンシューマー・マーケティング統括本部長、プライム統括事業本部長を歴任。同時にカスタマー・エクスペリエンス・バーレイザーの日本のリーダーとして、ワーキング・バックワーズの取組みを推進。
アマゾンのように優秀人材を採用する「仕組み」をどうつくるか