新たな日本型組織モデル写真はイメージです Photo:MoMo Productions/gettyimages

国内におけるウェルビーイング研究の第一人者・前野隆司氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)と、「チームの生産性」と「メンバーの幸福感」の両立を実践する青野慶久氏(サイボウズ代表取締役社長)が、「企業の生産性向上になぜ『人間性の回復』が必要か?」をテーマに対談。全4回の最終回となる今回は、「『生産性』の先にある人間の究極的な目的」について語ってもらった。(聞き手/らしさ探究家 横川真依子、構成/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)

>>前回より続く

社員の幸せと会社の発展
どのようにバランスを取るべきか?

――実は私は、創業支援をする施設で、起業されたいと思う方の相談員をしているのですが、「今の会社を飛び出して自分らしく生きたい」というご相談が最近多いんですね。

 それを聞くと、「え、じゃあ、今の会社では自分らしく生きられないの?」と思ってしまうのですが、そういう人たちに対し、まだまだ企業側でやれることはあるということを感じた一方で、どこから何をすればいいのかわからない企業も多いと思うんです。

 その場合、何からスタートしていけばいいのでしょうか。また、社員の幸せと会社の発展、どのようにバランスを取っていけばいいのでしょうか。

青野慶久・サイボウズ代表取締役社長青野慶久氏 (あおの・よしひさ)
サイボウズ代表取締役社長。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任。2018年1月代表取締役社長兼、チームワーク総研所長(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を10分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2020年にクラウド事業の売上が全体の75%を超えるまで成長。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任し、SAJ(一般社団法人ソフトウェア協会)副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)、監修に『「わがまま」がチームを強くする。』(朝日新聞出版)。

青野慶久氏(以下、青野) 僕が提案したいのは、まずは、現場で働いている一人一人の意見を聞いてみてくださいということですね。これが第一歩です。「聞いているよ」と思っている人は多いのですが、意外とそうでもないんですよね。

「メンバーは気持ちよく働いているはずだ」と思い込んでいても、本音を言える場所をつくって聞いてみると、「あの仕事は何とかしないといけない」とか、「あの上司のあの発言だけは許せない」とか、いろいろと出てくる。だから、きちんと話を聞いて、現実に向き合わなければいけません。

 もちろん、すべての意見をかなえてあげることはできませんが、一つ一つ、できるところから改善していく。少しずつ積み上げていくこと。僕はこれが大事なことだと思っています。

前野隆司氏(以下、前野) なるほど。経営者のマインドですね。幸せな経営の研究をしていて、いろいろな経営者の方と話していると、中には会社の理念に「幸福経営」と入っているのに、「いやあ、社員がやる気がないんだよ。どうすればいいんだろう、前野さん」という社長がいます。

「いや、あなたのその社員を信じていない姿勢ですよ」と私は言います(笑)。これを言っても、「いやいや、俺はわかってるんだけれど、社員がわかってないんだ」というようなことを平気で言ってしまう経営者です。

 そうではなく、みんなを信じて、ピラミッドの頂点から話をするのではなく、フラットなところに降りてきて素直に話をする。これがスタートということですね。

青野 本当にそう思いますね。僕もどちらかというと、「なんでお前ら、わからないんだ」とやっていたタイプだったので。

前野隆司・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授前野隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了後、キヤノン株式会社入社。1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)教授。2011年4月から2019年9月までSDM研究科委員長。1990年~1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。著書に『ウェルビーイング』(日経BP)、『幸せな孤独』(アスコム)、『感動のメカニズム』『幸せのメカニズム』(ともに講談社)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など。

前野 あ、そうだったんですか。

青野 はい。結局、それがうまくいかなくて、反省して、仕事のやり方を変えたんです。だから「みんな、わかっていない」という経営者の気持ちも半分ぐらい理解できるのですが、そのマインドを切り替えられるかどうかですよね。

 切り替えて、最初は面倒と思うかもしれませんが、現場の意見一つ一つに、きちんと耳を傾ける。この勇気みたいなものが求められているのだと思います。

前野 じゃあ、青野さん、昔はもっと、「オレについてこい。なんでやってないんだ」みたいな、ちょっと怖いタイプだったんですか?

青野 そうです、そうです。もう、もろですよ。「2年間で売り上げを2倍にするから、お前はこれとこれとこれをやれ」というようなことを言っていました。

前野 まさに、昔のタイプの合理的リーダーだったんですね。

青野 トップダウンでやっていましたが、それがうまくいかなかったんですよね。みんな、楽しそうでもなければ、結果が出せるわけでもない。「あれ?おかしい」と思って。