環境問題、社会的な分断といった難問だらけで正解を見つけるのが難しい時代。「知識詰め込み型の教育の限界。これからの子どもたちにはもっと人間らしい教育を……」。そう感じる人は多いだろう。2人の世界的権威であるダニエル・ゴールマン(『EQ こころの知能指数』)、ピーター・センゲ(『学習する組織』)もそう考えて、長年教育分野に貢献することに情熱を注いできた。その2人による共著『21世紀の教育 子どもの社会的能力とEQを伸ばす3つの焦点』(ダイヤモンド社)の内容から、新時代の世界標準の教育のイメージをお伝えする。今回はピーター・センゲがシステム思考を使いこなす驚くべき子どもたちの様子を紹介する。(監訳:井上英之)

なぜケンカしてしまう?Photo: Adobe Stock

なぜいつもケンカになってしまうの?

 ここ数年、私が何度も繰り返し使っている動画がある。自分たちでつくった1枚の図を前にして、3人の少年が話し合っている場面を映した、1分数十秒の短い動画だ。少年たちは全員6歳。低学年からシステム思考を学んでいる、いまでは多くある学校の一つの生徒だ。

 3人はなぜか遊び場でいつもケンカになってしまう、という非常にリアルな問題を何とかしたいと思っていた。ある日、休み時間が終わって教室に戻ってきた3人は、彼らにはなじみのツールを使って考えることにした。それは自己強化型のフィードバックループというもので、結果が新たな原因となってさらなる結果が生み出されるという、原因と結果が循環するような事象を図示するツールだ。好循環もあれば悪循環もあるが、彼らの場合は、繰り返しケンカになるという悪循環のループが生まれていた。

 3人の前にあるのは、彼らが考えて描いた自己強化型ループの図だ。

子どもたちが描いたループ図子どもたちが描いたループ図

 このループ図のキーとなるのは、「意地悪な言葉」と「傷ついた気持ち」という2つの変数だ。2つは円を描く線で結ばれ、一方が増えることで、もう一方も増える(自己強化型フィードバック)。

 通りがかった教師が、ループ図の説明をしてほしいと言って、少年たちが説明する様子をスマートフォンで撮影したのがこの動画だ。というわけで、これは自然に発生したものを撮ったもので、また、このような学校では、とても典型的に見られる光景でもある。

6歳の子どもたちが見つけた解決策

 1人の子が、こう説明する。「最初にだれかが意地悪なことを言って。それで傷ついた気持ちになって、ケンカになる。そうしたら、もっと意地悪なことを言って、もっと傷ついた気持ちになって、もっともっと意地悪なことを言うんだ」

 自己強化型ループが生み出す増幅のダイナミクスを、少年たちが理解していることは明らかだった。

ピーター・センゲピーター・センゲ(Peter Senge)
マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師、組織学習協会(SoL)創設者。
MITスローンビジネススクールの博士課程を修了、同校教授を経て現職。旧来の階層的なマネジメント・パラダイムの限界を指摘し、自律的で柔軟に変化しつづける「学習する組織」の理論を提唱。20世紀のビジネス観に最も大きな影響を与えた1人と評される。その活動は理論構築のみにとどまらず、ビジネス・教育・医療・政府の世界中のリーダーたちとさまざまな分野で協働し、学習コミュニティづくりを通じて組織・社会の課題解決に取り組んでいる。著書に、『学習する組織』『学習する学校』(ともに英治出版)など。

 別の子がこう付け加える。「ぼくたち、このじこきょうかがたループをこわす方法を全部考えたんだ。でもうまくいかなかったから、こういうのは消した(ループ図の×で消した箇所を指で示す)。『ごめんね』と言うのは、すこしうまくいく。あと、こっちはまだ試してないやつだから(ループの別の箇所を指す)、こんどケンカになりそうになったら、やってみる」

 悪循環のサイクルをこわすのに効果的な、梃子の原理の効くポイントがどこにありそうかを話しあったあと、1人の子が興奮気味に声を張り上げた。「もし、このループに『やさしい言葉』と、『やさしい気持ち』があったら、これもなくせるし、これもなくせる(悪循環ループのあちこちを指差しながら)。そうしたら悪いループじゃなくなって、いいループになるかも」

 この最後のコメントに別の1人もすぐに賛同し、「もし、いいループだったら、ケンカなんか起こらなかったのにね」と核心を突く意見を言う。

 3人の少年たちが、意地悪な言葉と傷ついた気持ちについてのシステムを話し合うこの動画を、これまでたくさんのグループに紹介してきたが、見た人たちはとても驚く。

 まず、とても洗練された概念理解に基づいて、6歳の少年たちがシステムに介入する方法を考え、高いレバレッジのかかった変化を見出したことに感心する。次に、少年たちが明らかに感情をコントロールするのが難しいケンカという状況から一歩引いて、自分たちの選択肢を検討している、という感情における成熟度に驚く。

 そして最後に、この子どもたちが、誰かを責める気持ちや怒りといった複雑な感情にあふれた状況から、共に協力しあって解決策を見つけていく状況へと変容させたことに驚く―これこそが、SELに関わる教育関係者が育てたいと願っているチームワークだ。

 気づく人は多くないのだが、この動画から、どう働きかけたらシステム変化を生み出せるのかについて、子どもたちの理解が微妙にシフトしていることがうかがえる。

 明らかに、だれか(たとえば教師)が間に入ってケンカをやめさせ、彼らの振る舞いを変えるように説くことはできたかもしれない。しかし、本質的でレバレッジの効いた方法は、少年たちが気づいたように、互いに強化しあう知覚(傷ついた気持ち)と行動(意地悪な言葉を言う)のプロセス全体を変えることにある。

 そのためには、彼らは全体で起きていることをよく理解し、自分たちの前提を言葉にして検証し、異なる選択肢を見つけては試し、何が起きるのかを観察する、という一連の学びのプロセスを継続していく作法を身につける必要がある。

 それは、複雑な状況に対しては、互いに自分のこととして関わり合っている感覚を持つことで、知覚と行動が変容していくという、洗練された相互学習のプロセスである。それでもこの動画を見れば、こうした深い変化に関するすべてのことが、自然なかたちでこの子どもたちの中から生まれていることが感じられるだろう。

 この動画を見た人たちがどこまで深く理解しているかはわからないが、これが有効であることを感じ取っていることはわかる。これを見たあと、たいてい誰かがこう言うのだ。「ワシントンにこの動画を持っていって、国会議員たちに見せるべきだよ!」

 この動画での深い学びの姿を見た人から「才能のある子だけでなく、普通の子でも、このようにいきますか?」と尋ねられることがよくある。動画に出ていた3人の子どもたちを、そのように決めてかかってしまうのだ。

 だが、この3人は特別な子どもたちではない―すべての子どもが特別である、という意味の「特別さ」を除いては。さらに言えば、この子たちが通っている学校は、非常に貧困層の多い都市部にあり、学校給食が無償または割引になる支援を受けている生徒の割合が高い。

(この記事で取り上げた動画は、こちらのサイトで見ることができる。福谷彰鴻氏〔システム思考教育家〕のウェブサイト。このサイトでは、他に数多くのピーター・センゲ氏による講演やインタビュー、その他の知見を日本語で紹介している。)