「2025年カーボンニュートラル」という目標達成に向け、日本の産業界がいっせいに動き始めた。他方、脱炭素実現に向けては、さまざまなイノベーションと社会実装の加速が必須である。アンモニアやメタンを活用する脱炭素技術の開発において産業界からの期待が大きいIHIは、既存技術・インフラを活かした「トランジション」戦略と、画期的なブレークスルーによる「トランスフォーメーション」戦略の両構えで、カーボンニュートラル社会の実現を目指す。

アンモニア燃焼に強み
期待と責任を重く受け止める

編集部(以下青文字):IHIは、ありたい姿として「自然と技術が調和する社会を創る」を掲げています。このメッセージに込めた経営者としてのビジョンを聞かせください。

トランジションとトランスフォーメーション<br />両構えの脱炭素化戦略​IHI 代表取締役社長 最高経営責任者
井手 博
HIROSHI IDE
1983年石川島播磨重工業(現IHI)入社。2000年国際本部クアラルンプール事務所長、2007年営業統括本部海外営業戦略部長、2012年営業・グローバル戦略本部グローバル戦略部長、2013年シンガポールJEL社長、2017年IHI執行役員資源・エネルギー・環境事業領域副事業領域長、2019年常務執行役員資源・エネルギー・環境事業領域長、2020年代表取締役社長 最高執行責任者を経て、2021年4月より代表取締役社長 最高経営責任者 兼 戦略技術統括本部長。

井手(以下略):IHIの創業は1853年、幕末のペリー来航の年です。欧米列強に対抗する大型船建造のために創業された会社で、日本の近代化と完全にスタートポイントが同じです。そこからいろいろな事業が派生していき、日本と世界の近代化に貢献してきた自負があります。

 当社は技術オリエンテッドな会社で、それが発展の大きなモチベーションとなり、世界最大、世界最速、世界最長といった世界初の製品を生み出してきました。結果、人々の生活を豊かにする役割も果たせたと思います。

 私自身、東南アジアで石炭火力発電所の建設を長く手がけてきました。それによって、人々の生活が豊かになる姿を目の当たりにしてきました。一方で、豊かさを求めるがゆえに、農地拡大やインフラ整備などのための熱帯雨林の伐採といった自然破壊が進んでいます。人々は豊かになるけれども、自然は壊れている。

 それが回りまわって異常気象をもたらし、大規模な山火事や集中豪雨が頻発しています。社長に就任する前から、「自分がやってきた仕事が、はたして人類や自然に対して本当にプラスだったのか」と自問自答するようになりました。

 これまでは、人類の豊かさ一辺倒で技術開発が進んできましたが、自然との調和という視点が欠けていたために一線を越えてしまったのが、いまの地球環境だと思います。自然を完全に元の姿に戻すことはできないとしても、これ以上環境を悪化させてはいけない。

 これから2050年に向かってIHIがどういう会社になるべきかを社長として考え、「自然と技術が調和する社会を創る」という言葉にしました。

 創業から約170年続く当社の経営理念は、「技術をもって社会の発展に貢献する」です。地球環境や社会を守るためにも、技術発展は今後も必要ですが、自然との調和を肝に銘じておかなくては、人類そのものが持続可能ではなくなります。ですから、経営理念に立ち返って、社会課題を解決するための技術を研ぎ澄ましますが、常に自然との調和も忘れません。

 たとえば、これまでのように自然災害に強い、絶対に壊れないものをつくるという発想ではなく、壊れてもすぐに直せるとか、再稼働できるといったレジリエントなもの、強いと同時に自然にやさしいものをつくる。それが、私たちの考える自然と技術の調和です。

 2050年カーボンニュートラル達成が世界のスタンダードとなる中、産業界の環境認識の変化、あるいは御社に対する期待の変化について、どのようにとらえていますか。

 私は2017年にシンガポールから帰国して、資源・エネルギー・環境事業領域のナンバーツーとして主に原子力と石炭火力を見ることになりました。当時、原子力は(東京電力福島第一原発事故の影響で)先行きが見えず、耐震補強工事くらいしか仕事がありませんでした。

 一方の石炭火力については、気候変動問題への影響がヨーロッパで指摘されていましたが、国内ではまだ大きな危機感はありませんでした。しかし、そこから1年も経たないうちに状況が急変し、「このままでは石炭火力発電を続けられない」という声があちこちから聞こえ始めました。

 私が2019年に資源・エネルギー・環境事業領域の責任者になった時、経営トップから言われたのは「石炭火力事業がなくなる日を考えろ」ということでした。そこから自然との調和について真剣に考え始め、環境破壊は私たちが真剣に向き合わなくてはならない〝不都合な真実〟だと受け止めるようになりました

 そうした中で、2020年秋の政府の「2050年カーボンニュートラル宣言」は、私たちの背中を強く押してくれました。(中間目標である)2030年に温室効果ガス46%削減が達成可能かどうかは誰にもわかりません。非常にチャレンジングな目標であることは間違いありませんが、もう後ろには引けません。

 IHIは2010年代初頭から(火力発電での)アンモニア燃焼の研究をやってきたので、それをさらに進める覚悟ができました。政府のカーボンニュートラル宣言の直前に(大口ユーザーである国内発電最大手の)JERAが、2050年のゼロエミッション実現目標を発表し、アンモニア混焼を盛り込んだロードマップを策定したこともすごく大きな後押しになりました。

 2022年5月のG7(主要7カ国)気候・エネルギー・環境担当閣僚会合の共同声明では、脱炭素化を実現する手法として「アンモニア、水素」が初めて盛り込まれました。特にアンモニア燃焼は当社が強みを持つ技術であり、期待と責任の高まりを重く受け止めています。