診断・治療技術が進歩したことで早期発見・早期治療によるがん経験者や、適切な手術や投薬を受けることでがんにかかっていても普通の生活を送っている人が増えつつある。一般論として、がんの発見=短い余命ではなくなった今、がんという病気とどう付き合っていけばいいのか。がん医療の現状と将来展望について、横浜市立大学附属市民総合医療センター 呼吸器病センター外科の坪井正博医師に聞いた。

横浜市立大学附属市民総合医療センター
呼吸器病センター外科
化学療法・緩和ケア部部長
坪井正博 准教授
1961年広島県生まれ。87年東京医科大学を卒業。同大学病院、東京都立大塚病院(麻酔科)、根室市立病院、国立がんセンター中央病院、会田病院(福島県)、神奈川県立がんセンター等に勤務の後、2012年より現職。

 科学の進歩は日進月歩で、医療の分野も日々進歩している。かつては不治の病とされた病気であっても、新たな治療法の確立や新薬の開発などで「治る病気」となっているものもある。

 治るまでには至らなくても、投薬や治療を続けながら通常の生活ができるくらいに回復するケースも少なくない。いまやがんも同様である。坪井正博医師は、「がん治療の指標とされる5年後生存率は、1970年代には全体で3割でしたが、2000年代には5割を超えるようになりました」と言う。

 発症する部位によっては5年後生存率が8割を超えるものもある。この背景の一つに、早期のがん発見率の向上がある。「健康診断で内視鏡検査やCT検査などを行う職場や自治体が増えたことにより、初期のがんが見つかりやすくなってきています」

 治療技術も進歩している。例えば、以前は抗がん剤が効きにくいといわれた大腸がんでも、効果的な新薬が開発されたことで、長く生きられる人が急激に増えているという。 「肺がんの場合、EGFRという遺伝子に変異がある人に効く薬ができたことで、かつては10カ月未満だった生存期間中央値(=MST、患者の半数が死亡するまでの期間)が、2年以上に延びています。しかも治療を続けながらでも、5年以上生きている方がいらっしゃいます」

自分らしく生きるための治療

 「がんは必ずしも死に至る病ではない」という意識が少しずつ広まってきている。がん細胞を抑制するための治療・投薬が続けば、他の正常な細胞も影響を受け、体全体に大きな負担がかかることも仕方のないこととされてきた。だが、今、「抗がん剤そのものが、以前に比べて副作用が軽減されている上、副作用が出た場合でも、吐き気を減らす薬や白血球を増やす薬などと共に服用することで、副作用を抑える方法を取ることができるようになってきています」という。

 また、新たな治療法が開発されていく中、治療の選択肢が複数ある場合には、がんを抑える効果や副作用などを患者本人に伝えることで、自分のライフスタイルに適したもの、影響が最小限に抑えられるものを患者自身で選択できるようにもなってきているという。

 だが、そのためには、患者自身が自分の病状を知ることが不可欠になる。 「がんであることを告知しなければ、患者さん自身が冷静な判断をすることはできません。そのときにできるベストな治療を行うためにも、医師と患者が信頼関係を築き、同じ情報を共有する必要があります」

 告知する際は、がんであることを告げるだけでなく、現在がんがどのような状態で、どういう治療方法があり、期待される効果とどれほどのリスクがあるのかを、きちんと説明することが大切だという。

 ただし、告知の際に余命を告げるかどうかは、医師の考え方によって異なる。 「私は、寿命は患者さん自身が決めるものだと考えています。というのは、ステージⅣ(進行)の肺がんであっても薬が合えば2年以上生きられる人がいる一方で、ステージⅠ(初期)なのに悲観し過ぎてうつ状態になったことで、回復が遅れて悪化したり、再発したりすることがあるからです」

〝病は気から〟ともいう。確かに、がん発見から治療に至るまで、そしてさらに治療の継続という過程の中で、身体的、精神的にも苦しいことが多いだろうが、生きていることを否定していては始まらない。