第4回城山三郎経済小説大賞を受賞した渋井真帆氏の『ザ・ロスチャイルド』が、6月20日に刊行された。今なお世界経済に大きな影響力を有するロスチャイルド家の勃興期を描いた歴史大作だ。物語の誕生秘話と作品に懸ける思いを渋井氏に聞いた。

――これまで多くのビジネス書を出してこられた渋井さんが、小説を執筆したきっかけは?

渋井真帆(しぶい・まほ)
1971年生まれ。94年立教大学経済学部経済学科卒業。大手銀行、証券会社等を経て2000年に独立。人材育成コンサルタントとして活動。著書に『渋井真帆の日経新聞読みこなし隊』(日本経済新聞出版社)など。

渋井 私は歴史がとても好きなんです。今に残る歴史は、さまざまな事象の記録ですが、例えばある人物がどんな理由でその行動に出たのか、そうした動機まで明らかになる資料はほとんどありません。私は、人々の動機が重なるところで、いろいろな事象が起きると考えています。ですから、動機と風俗や文化、政治、経済などの背景を考え合わせて、なぜそうなったのかを推測するわけです。そんな仮説や推測を延々と、食卓で夫相手に繰り広げていたんですね。すると夫が、そんなに語ることがたくさんあるなら、書けばいいじゃないかと。そうか、書けばいいんだって、天啓のように思いました。

――ご主人が背中を押してくれたと……。

渋井 話を聞き続けるのが面倒だったんでしょうね(笑)。きっかけをくれたことには感謝しています。

欧州の一大変革期を
知恵と勇気でしたたかに
勝ち抜いた家族の物語

『ザ・ロスチャイルド』
19世紀初頭、欧州を蹂躙するナポレオン・ボナパルトに対抗した国々に大きな力を貸した家族がいた。ロスチャイルド家の人々だ。生国ドイツを離れ、英国でゼロから拠点を築いた主人公ネイサン・マイヤー・ロスチャイルドにとって、ナポレオンは憎むべき敵でもあった。社会の混乱と変革の中で、大国の思惑とネイサンの復讐心が絡み合っていく。ナポレオンの進撃は食い止められるのか。ネイサンの復讐は遂げられるのか。武力衝突の裏側のもう一つの戦いの末に、一家が、そしてネイサンが手にしたものとは――。


――ロスチャイルド家をテーマに選んだのは、なぜですか。

渋井 元はナポレオン・ボナパルトに興味があったのです。明治維新の歴史を調べていると、西郷隆盛はじめナポレオンを尊敬する志士たちがたくさんいる。では、ナポレオンってどんな人物だろうか。調べるうちに登場したのが、反ナポレオン同盟の後ろ盾になったロスチャイルド家です。ロスチャイルドといえば、ワイン好きの人ならボルドーの最高格付けを獲得している5大シャトーのうち、ラフィットとムートンの二つを所有していることはご存じでしょう。日露戦争時、日本の戦費調達に力を貸してくれたのもロスチャイルドです。現在も、世界経済におけるロスチャイルド家の影響力が、さまざまな局面で話題になっています。そんなロスチャイルド家の興隆期がナポレオンの時代に重なると知ったとき、私の中で物語が動き始めました。

写真左から。各地で取材を重ねた渋井さん。執筆前の取材で渡航した時/ベルギー・ワーテルローでは会戦を模した祭のリハーサルに遭遇した/新旧の対比が鮮やかなロンドンの旧王立取引所前で