未曾有の金融危機を招いた一因として、金融工学の在り方が問われている。元米国財務長官のサマーズ氏は、この分野の大家であるマートン教授の面前で、金融工学はもはや一部の専門家に委ねられるべきではないとまで語る(テキスト版)。

サマーズ:ふだん私はどちらかといえば挑発的で激しい人間ですが、実のところ、この議論においては、何というか中間的な立場で、どちらの方向にも、まぁ待てよと言いたい気分でいっぱいです。

 ボブ(ロバート・マートン教授)の話を聴いていてちょっと反発するところがありました。航空機の事故が起きて、航空産業を調査するとします。関係者は、誘導システムの問題、パイロットのエラー、それから……などと説明します。「なるほど、筋が通っている。君たちは本当の専門家だ」。

 しかしもし航空機事故が多発し、ある一定のポイントで事故が起きているとしたら、一歩離れて、航空産業に注目し、どのように彼らがアプローチしているか、どのようなパラダイムなのかを考えるでしょう。私たちは金融工学に関しても、そのようなポイントに至ったのではないかと思います。ボブ、この議論でそちらの立場に立つ人たちは、そういうことを認識すべきではないかと私は思いますよ。

 他方では、今回の問題がすべて金融工学に関連しているのだと想定する、ややラッダイト運動的な傾向があるように思います(編集部注:19世紀、困窮した労働者がその原因を機械に求めて行った機械打ち壊し運動)。

 日本の例を振り返ってみましょう。日本では過去金融危機が発生し、日本経済のパフォーマンスを10年以上、12年、15年と損なうことになりました。だが当時の日本には金融工学などありませんでした。何もね。

 当時の日本では、伝統的な銀行が伝統的なやり方で機能していただけだったのです。ITバブルについてもいろいろなことを言えますが、基本的には、人々が証券会社に行って、すでに上昇していたIT銘柄を買い、それらの銘柄が高騰しすぎた末に暴落し、大混乱が生じたということです。これには金融工学など関係ありませんし、デリバティブも関係ない。伝統的な金融機関があって、通常どおりの金融業務をやっていたのです。

 (政府系住宅金融機関である)ファニーメイとフレディマックについては、私が大学院生の頃、ボブは、両社に関しては政府がすべての債務を保証している以上、プットオプションを持っているのであり、人は、そのようなプットオプションの存在を見て見ぬふりをするのではなく、その価値を評価すべきだと話していました。

 しかし、さまざまな理由により、金融工学専門家はそうした取り組みから完全に遠ざけられており、プットオプションは膨らむままとなり、経済そのものに非常に深刻な結果をもたらすことになりました。

 ですから私は、金融工学は一般の人々に委ねるにはあまりにも重要であり、一方で、金融工学の専門家だけに委ねるにはあまりにも重要であるということ、そして何か重大なパラダイムの変更が必要になりつつあるのだということを人々が認識してくれないかと願っています。

 しかし同時に、貪欲さと恐怖心が、その比率を変えつつも存在しており、それが大昔からの金融危機の原因となってきたということも忘れてはなりません。

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ローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)
1954年生まれ。16歳でMIT(マサチューセッツ工科大学)入学。28歳の史上最年少でハーバード大学教授に就任。世界銀行のチーフエコノミストなどを経て、1999年にロバート・ルービンの後任として米国財務長官に就任(2001年退任)。2001~2006年ハーバード大学学長。現在はハーバード大学教授。

Big Thinkとは?
ハーバード大学出身のピーター・ホプキンス氏が2008年1月に、ローレンス・サマーズ元米国財務長官らの協力を得て、立ち上げた“知識人”のための討論サイト。著名人の動画インタビューを中心に、政治から経済、科学、文化など幅広いテーマを取り扱っている。ダイヤモンド・オンラインでは今後、Big Thinkのコンテンツを動画とテキストで定期的に掲載する。