見たこともない風景には言葉が真っ先にたどり着く。ビジョナリーと言われたジョブズもビル・ゲイツもココ・シャネルも、そしてソニーの創業者・井深大もみんな未来をつくり出す「ビジョナリーワード」を持っていた。未来の見えない今こそ学びたい、ビジョナリーたちの「1行の戦略」。

みんな「未来を語る言葉」を持っていた

 かつて、ラジオは「家具」でした。今では考えられないくらいにラジオのサイズは大きく、冷蔵庫や洗濯機の仲間のように捉えられていたのです。修理工場には専門の家具職人が雇われていました。

 そんな時代に、ソニー創業者の井深大氏は「ポケットに入るラジオをつくれ」と言い出します。ラジオをポケットに入れるなんて、世界で誰も言ったことのない言葉でした。

 当然のことながら部品メーカーの技術者からは「無理だ」「ありえない」という言葉があがったと伝えられていますが、結局は井深氏の熱意に負けて例外的な仕様の部品を納品しました。

 こうして生まれたポケットに入るトランジスタ・ラジオは、世界で50万台を売り上げ、無名だったソニーブランドを世界に知らしめることになります。何より重要なのは、「家族みんなで聴く」ためのラジオを「個人で聴く」パーソナルなメディアへ、そして外に「持ち歩ける」プロダクトへと変えていったことでした。

 かつてフランスでは、女性がコルセットを着け、装飾的で窮屈な洋服を着るのが常識とされていました。女性たちは、男性が求める女性像を押しつけられていたのです。そんな風潮に反旗を翻したのがココ・シャネルでした。シャネルはファッションによって「女のからだを自由にする」と宣言し、コルセットを女性服から追放します。

 さらに、女性の動きを自由にするために世界で初めてジャージー素材で女性服をつくり、女性の両手を自由にするためにハンドバッグを発明しました。いつでも片手で口紅がさせるようにと、リップスティックを考案したのもシャネルです。

 その成果はフランスだけでなく、アメリカを経由して世界へと広がっていきました。シャネルは、女性が自立して自由に働く時代をデザインした起業家だったのです。

 ビル・ゲイツは、コンピューターがまだ特殊な人の特殊な道具だった時代から「すべてのデスクと、すべての家庭にコンピューターを」という言葉を自らの使命として持っていました。その言葉がすでに現実になっていることを、みなさんはよくご存知でしょう。

 また、スティーブ・ジョブズはコンピューターを便利なだけでなく美しい道具にするために「エンジニアじゃなくてアーティスト」の集団としてアップルを構想しました。後に「Think Different」という言葉を掲げ、その通り世界に類を見ないユニークで創造的な大企業をつくりあげていきます。

 新しい時代、新しい組織、新しい商品。熱狂的な「ストーリー」の始まりは、いつだって魅力的な一行でした。スティーブ・ジョブズも、ココ・シャネルも、ビル・ゲイツも、井深大氏も、みんな「未来を語る言葉」を持っていたのです。