知的財産権の侵害をめぐる国際的な紛争の勃発は、知的財産を軸とするビジネスモデルの覇権を賭けた闘いの別の姿である。知財戦略の探究を一方の軸とする東京理科大学専門職大学院の教授陣が、現代の課題を講義する【LECTURE Theater 2013】第2回は、国際知財紛争の場に身を置いた経験を持つ荻野誠教授に、知財とビジネスモデルに絡む企業戦略について聞いた。

日本企業の知財ビジネスモデルに見る
失敗の本質

「LECTURE Theater 2013」第1回では、「なぜアップルとサムスンは訴訟闘争を続けるのか?」をスマートフォンという優れて感性的な商品の登場と、それを支えるイノベーション風土との絡みで説明していますが、今回は、両者の別の角度から、つまり、知的財産権とビジネスモデルの関係で見てみましょう。そこから、日本のエレクトロニクスメーカーが知的財産権保護戦略(プロパテント戦略)において犯している本質的な過ちが浮き彫りになるはずです。

東京理科大学専門職大学院
知的財産戦略専攻 教授
荻野 誠(おぎの・まこと)
早稲田大学政治経済学部政治学科および東京都立大学(現首都大学東京)法学部法律学科卒。筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了(企業法学専攻)。Oxford大学St. Peter's校にて同大知的財産研究所初代所長Peter Hayward氏に師事。 Harvard Business SchoolにてProgram for Global Leadership修了。日立製作所 国際事業本部及び知的財産権本部にて23年間半導体分野を中心とする国際ライセンス交渉ならびに国際特許侵害訴訟の遂行および和解交渉に従事。平成22年日立国際電気 知的財産権本部本部長。平成24年4月より現職。平成24年2月より日本ライセンス協会副会長。

 アップルとサムスンとの間で特許紛争が勃発したのは2011年4月のことでした。まずアップルが、「サムスンが特許を侵害している」とアメリカで提訴し、すぐさまサムスンが逆提訴します。時をおかずサムスンは、4月に日本とドイツで、さらに6月にはイギリスとイタリアで提訴します。アップルも負けじと6月には韓国で提訴し、9月には日本で逆提訴するなどして、両社の特許紛争は、世界を舞台にして争われる「多重的世界司法闘争」へと拡大しました。

 実は、特許紛争が勃発したのと同じ時期に、両社のビジネスに大きな変化が生じていました。スマホのシェアの逆転です。アメリカの調査機関IDCによれば、2011年第2四半期にアップルとサムスンのスマホの市場シェアがきっ抗し、第3四半期にはサムスンがアップルを上回ります。以後、両社のシェアの差は拡大し、アップルは水をあけられていきます(下図参照)。

 まさに、シェア逆転の時期にアップルから特許侵害の提訴があり、それに対抗するサムスンの逆提訴により世界同時多発的な特許紛争となったのは、単なる偶然ではないのです。

 特許侵害を訴えて提訴する理由は、ある意味で単純です。特定の特許を守ることはもちろんですが、競争者の存在そのものを許さないのです。言葉を換えれば、自らが創造した市場に他者が入り込むと、今までは横綱相撲だったのに、俄然、尻に火がつきます。後発組が先発組を追い越し、母屋を乗っ取るかのような動きは、自ら創造した市場を守るためにも断じて許されません。そのための具体的な武器として知的財産が活用されるというわけです。

 過去にも同じようなケースがありました。例えば、1986年にテキサス・インスツルメント(TI)が、米ITCに対して日韓8社のDRAMの米国への輸入差し止めを求める調査開始を申し立てたり、89年にはモトローラが日立のマイコンを特許侵害で提訴したのも同じような理由からでした。

 半導体はアメリカ生まれの技術で、TIは特に、世界で初めてシリコン・トランジスタを製造し、58年には従業員のキルビーが半導体ICを発明するなど高度な技術を有する老舗半導体メーカーでした。

 日本メーカーは、ロイヤルティを支払いながら半導体の技術改良を進め、86年にはシェアで本家アメリカを逆転します。それと機を同じくしてTIは、ITCへの調査申し立てを行っています。これは、弟子に先を越され苛立つ師匠の姿、主役の座を明け渡すまいとムキになっている巨人の姿そのもので、現在のアップルにもそれがダブって見えます。