絶好調を謳歌する鉄鋼業で、1つの事故が鋼材の安定供給に暗雲を漂わせている。

 7月29日に起こった新日本製鐵発祥の地でもある八幡製鉄所(北九州市)の火災。2つあるコークス炉のうちの、1つのベルトコンベヤーから出火、31日には鎮火したものの、再開のメドが立っていない状況だ。30日には高炉の操業を再開したが、コークスの供給が追いつかず、鋼材生産に支障が出るか懸念された。

 というのも、景気失速が喧伝されているにもかかわらず、鉄鋼需給は国内外共に逼迫中だ。かつて、神戸製鋼所が阪神淡路大震災で操業停止した際には、他社が代替生産を担ったりしたが、今回はそれも難しい。6月の粗鋼生産量は過去最高を記録しており、国内の製鉄所は他社も含め、どこもフル操業中なのだ。

 そのため、たとえば鋼材の2割を八幡から調達している日産自動車九州工場は「約2週間の在庫があるので、すぐに影響はない」、トヨタ自動車九州も「1両日中の在庫はある」としながらも、両社とも「長引けば影響はある」と鋼材の供給動向に神経を尖らせているのが実情だ。

 今回の火災の背景には現場力の低下を指摘する声もある。ある大手鉄鋼首脳は「好景気になって、安全柵のペンキの塗り直しから始めたほど投資が滞っていた」と振り返り、「需要が急回復し、フル操業で余裕がなくなる一方で、ベテランが減り現場力も落ちていた」と指摘する声は多かった。

 実際、新日鉄では2003年に名古屋製鉄所で爆発事故が発生しているが、鉄鋼業界全体でも大小の事故が絶えない。年初の日本鉄鋼連盟の賀詞交換会では、当時の馬田一会長が「近年労働災害が後を絶たない」と、例年に増して会員企業へ改善努力を訴えたほどだ。

 鉄鋼業が進めている鋼材の値上げ交渉も、安定供給があってのことである。その前提が安全操業であることは言うまでもない。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 鈴木豪)