オリンピック招致の最終プレゼンを契機に、各所で注視されている「おもてなし」。日本人の細やかな心づかいを製品、サービスに反映させて収益向上につなげようと考える企業は多いと思うが、そこに落とし穴はないか?グロービス経営大学院の山口英彦が近著『サービスを制するものはビジネスを制する』のコンセプト等も反映させながら問いかける新連載、第1回。

“おもてなし”を問い直すPhoto:AP/AFLO

 皆さん、はじめまして。

 本コラムでは、2013年のユーキャン新語・流行語大賞*1にもなった「おもてなし」について、経営の視点から語っていきたいと思います。おもてなしが一躍脚光を浴び始めたのは、オリンピック招致の最終プレゼン以降ですね。滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」のジェスチャーが話題をさらったことは記憶に新しいところかと思います。主要5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)を対象に「おもてなし」で記事検索してみると、2010年が1209件、11年が1244件、12年が1340件と、だいたい1300件前後で安定推移していましたが、今年は12月半ば時点で既に2500件を超える勢いです。

*1 「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞全授賞記録

 実際、ビジネスの現場でも「おもてなし」という言葉を耳にすることが多くなりました。筆者のところにも、おもてなしで絡みの事業の相談が今年の後半くらいから急に増えた気がします。

 が、最初に申し上げておくと、私は「おもてなしとビジネスとの相性は宜しくない」と考えている人間です。ですから「おもてなしを通じて日本の良さを世界に知ってもらおう」と気分が盛り上がっている人達からすると、やや興醒めのコラムになるかもしれません。でも「ビジネスっていうものは、感覚や勢いとかじゃなくて、情報や知恵で勝負するものだ」と考えている読者には、きっとピンと来る話になると思います。

 筆者は普段、大学院でサービス経営の科目を教えたり、サービス業のクライアント向けに戦略立案や人材育成のアドバイスをしたりしています。そのため、いわゆる「おもてなしのプロ」とか「カリスマ従業員」と崇められる方々にお会いする機会が結構あります。どの方も「自身の発案でこんなおもてなしをしてみたら、お客様に大変喜ばれました」とか、「クレームを仰ってきたお客様には、こんな風に誠意ある対応をしました」といった自分なりのノウハウや実体験を誇らしくお話されます。そして確かに、1人の顧客の立場で聞いていると「そんな対応をしてくれたら、自分も嬉しいだろうな」と感じ入る話ばかり。

 ところがその方が属する店舗や企業の業績に目を移してみると、売上が過去数年間ずっと頭打ちだったり、営業利益が赤字スレスレだったりと、パッとしないケースが多いのです。それどころか、他の店舗や同業他社と比べて見劣りする場合も少なくありません。意外に思われるかもしれませんが、それが実態なのです。個々のサービス提供においては、おもてなしは高い顧客満足を生みますが、そのまま組織全体の業績向上につながるかと言えば、そんなにビジネスは甘くないのです。

 ではどうして、おもてなしが業績向上につながりにくいのか。そして、おもてなしとビジネスをうまく接続するにはどうしたらいいか。つまり本当の意味での“飯の種”にするには何を考えればいいか。これが本コラムで扱いたいテーマです。(誤解のないように申し上げておくと、筆者は「顧客満足を上げても、業績向上にはつながらない」と考えている訳ではありません。むしろその逆で、「サービス現場での顧客満足向上は、業績を伸ばすのに不可欠」と考えています。顧客満足はとても大事なのですが、問題はその「上げ方」にあります。)

 その導入として今回はまず、そもそも私が考える「おもてなし」とは何なのか、ということ。そして、おもてなしを商売にする際、多くが高い確率で陥ってしまう問題について紹介していきます。