大手銀行、セブン‐イレブン、楽天で、人事部長や人事担当役員を経験した渡部昭彦氏に、人事部や人事制度の裏側を教えてもらう連載の第4回。総合商社では認められなかった人物が、大手製薬会社で常務にまで出世した理由は、まさに「社風」の違いにあるという。

日本企業の「時間軸」が長いわけ

 「自分にないものを相手に求める」とか「自分と反対の性格なので、かえってうまくいく」という言い方をよくする。しかしながら、これまでの職場経験や親しい取引先企業の様子から見る限り、うまくいっている上下関係はむしろ「似た者同士」の例が多い。立居振舞い、物事の発想に、どこか共通点を感じるのだ。各社ごとに特有の慣行や言葉づかいがあり、それが社内教育を通じて類似の行動パターンを招いていることはあるだろうが、極端に言えば、言葉を発しなくとも醸し出される雰囲気や空気が似ているのである。

 日系企業は、大企業を中心に「内部労働市場」といわれる人事システムの特徴を持つ。その内容は、反対側の概念である「外部労働市場」を先に考えると理解しやすい。

 外部労働市場は、外資系企業が依拠する世界だ。新たに人材が必要であれば社外から調達し、逆に不要な人材が出てくればクビにし、クビになった本人はまた新たな就業機会を社外で探す。それらの需給を調整する市場が社外にあることから「外部労働市場」というわけだ。

 「内部労働市場」はその反対に、人材の需給調整がすべて社内で行なわれる仕組みを指している。環境変化に伴い企業が必要とする人材の資質は日々変化する。このように新たに生じる人材ニーズに対して、完璧にピッタリではないとしてもセカンドベストの人材を社内で探し、人事異動という形で供給するのだ。逆に余った人材については、日本の労働法制下では解雇はむずかしいため、社内に残したまま閑職に就け、ひたすら定年を待つことになる。

 この結果、日本の「内部労働市場」では、新卒一括採用、年功型賃金、終身雇用、人物主義、ゼネラリスト指向(ローテーション異動)など、固有の人事システムが根づくことになる。これらの諸現象は、互いに因となり果となり複雑に絡み合うが、外部労働市場との違いを生む最大の背景は「時間の軸」についての考え方の差だろう。

 経営判断に際しての時間軸については、「欧米企業=短期的」「日本企業=長期的」といわれる。欧米企業が四半期決算ごとに株主や市場から厳しく成果を問われる一方で、日本企業では「将来の市場の拡大に備えるため」などと余剰人員や不採算部門を抱えながら四苦八苦する。その姿を見ると、両者に時間概念に関する相違があるのは明らかだ。

 この時間概念の差が生じる背景には、会社のステークホルダーの違いがある。『日本の人事は社風で決まる』の中で、「株主は誰か」ということが社風を形づくる大きな要因であることを説明したが、少なくとも欧米企業における最大のステークホルダーが「株主」であることは間違いない。日本企業においても「会社は株主のもの」という事実にもとづけば、株主が最大のステークホルダーであることに異論はない。だが、日本の場合は加えて「社員」「労働組合」「銀行」といった、いわば「内輪の関係者」がそれなりの影響力を持って存在する。

 クールに言えば、よそ者である株主にとって、長く株主でいること自体は何の意味もない。極論をすれば投資回収が終われば、企業が倒産してもかまわない。一刻も早い成果の実現だけが唯一最大の関心ごとになる。

 一方、「内輪」のステークホルダーを持つ日本企業においては、比較的長い時間軸のなかでの成果を求められる。銀行の例で言えば、貸したお金がすぐに戻ってきても、それはそれで痛し痒しだ。きちんと元利金が返ってくるのであれば、むしろ長い取引による安定的な関係を望む。

 また、従業員はいうに及ばず労働組合においても、企業が一時的に多くの利益を出して給料が増えようと、すぐにすたれてしまっては意味がない。夫婦ではないが「末永い」おつきあいを望むだろう。このようなステークホルダーのあり方の差が、結局、その企業が価値判断をする際の背景となる「時間の軸」に大きな影響を与えるのだ。

 日本の人事の特徴はすべて「経営判断に際しての時間の軸が長い」ということに帰着する。短期の利益ではなく数十年タームの長期の利益を求めるとなれば、新卒で一括採用し、社内でじっくりと育て、年功型の処遇で報い、定年(近く)まで家族的に面倒を見るというのは、会社に余裕がある限りは整合性のある人事システムである。問題があるとすれば、企業の存続とそこに勤め続けることだけが目的化し、個々の企業の存在意義であるとか、そもそも自分が働く意味について、真剣に考えることがほとんどなくなってしまう点だろう。

 前回、日本に成果主義が根づかない理由として、「労働法制上ほとんどクビにできない終身雇用社会では、部下に対してへたに厳しい評価をつけるとややこしくなり、そのため、上司にとって部下の評価に大きな差をつけるインセンティブがないためである」と述べた。加えて「長期の時間軸」の社会では、そもそも「成果」の意味が薄い。企業も社員も「長生き」することに最大の目的があれば、もちろん日々の数字を大切とは言いつつ、人材の評価において成果とは異なるところに視点が据えられていてもおかしくはない。